恋のレッスンは甘い手ほどき
2.共に利益のあるお話だと思いますが
私が勤めるローレンツ国際法律事務所は、国内だけではなく国際弁護士も在住し、国外にも手広く行っている大手総合法律事務所である。
5階建ての自社ビルを持ち、従業員数は約300人。
その弁護士先生や事務員らのお腹を満たせているのが、この1階にある食堂グリーンである。
「おはようございます」
「おはよう」
私は手早く支度をして厨房にたった。
厨房には10名の調理師や栄養士が在住し、平日に早番と遅番で勤務をしている。
年配者が多いため、そのほとんどがパート社員であるが、みな話しやすく気安い職場だと思っている。
都心の真ん中にあるため、従業員すべてがこの食堂を使うわけではない。
それでも多くの人が利用することもあり、常に立ちっぱなしで調理するのは少し疲れる。
それでも料理が好きな私にはこういう所があっているような気がしていた。
「いらっしゃいませ」
今日もいつものように怒涛の昼食時間を乗り越え、ピークが過ぎてホッと一息ついたころ。
「こんにちは」
一番会いたくなかった人物がカウンター越しに気軽に声をかけてきた。
ゲッ……。
その姿に思わず作業していた手が止まる。
マスクで顔を覆っているから相手から表情は見えないだろうが、つい嫌そうに顔を歪めてしまった。
あぁ、どうして今日はカウンター担当なんだろう……。
そんな後悔とともにチラッと顔を上げると木崎弁護士が爽やかな笑顔を見せ、「唐揚げ定食で」と注文が入る。
「金曜はどうも」
「……清算するので社員証をかざしてください」
言われた通りに木崎先生は首からかけた社員証を機械にかざすと「ピロン」と清算した音が鳴った。
ここの食堂は社員証がお財布代わりだ。
食べたい品物のボタンを押して、機械にお金を入金した社員証をかざすと自動的に清算されるようになっている。
そして入口でお盆を取りながらカウンターにいる店員に注文表を渡して待つシステムなのだが、今日はそのカウンター担当が私だった。
最悪……。
「ねぇ、少し話せないかな」
「話すことなんてありません」
そう言ってカウンターから離れようとすると木崎弁護士が大きめの声で呼び止めた。
「ねぇ、感想聞かせてよ。ほらあの『意地悪御曹司王子ととびっきり』……」
「ちょっと!!」
突然、漫画のタイトルを言い出した木崎弁護士に慌ててストップをかける。するとニヤリとした笑顔を向けられた。
しまった!!
しかし、もう遅い。
木崎弁護士は小さな低い声で呟いた。
「このあと休憩だろ? 少し話すぞ」
さっきまでの爽やかさはどこへ行ったのだろう。
有無を言わせない決定事項の言い方にがっくりとうなだれた。