恋のレッスンは甘い手ほどき
食堂で野上が鈴音に話しかけている所をみると、イラッとしていた。仲良さそうに話す二人を見たくなくて、来たばかりの食堂から出ていったこともある。
野上は勝手に俺をライバル視しているけど、根は悪いやつではない。
でも、野上にムカついていた。
ある日、鈴音と野上が親しそうに小指を絡めて何か約束をしている姿を見かけてしまった。
鈴音の笑顔に、ある疑念がわく。
「もしかして鈴音は野上が好きなのか?」
一度そう思ったら、その考えが離れなかった。
好きな人ができたら、恋人契約と同居は解消する。
そう決めたのは俺だ。
もしかしたら、契約が気になって言い出せないのかもしれない。
俺のせいで苦しい思いをしていたら?
鈴音の幸せのためには、俺は邪魔なのかもしれない。
部屋の机には、鈴音に渡すクリスマスプレゼントのネックレスが入っていた。
誕生日石も入れた。
誕生日は知らなかったのだが、前に朝のニュースの占いコーナーで5月が1位になると喜ぶことがあったから、5月生まれなのだと知ったのだ。
これも無駄になるか……。
「でも……、渡したいよな」
呟きが虚しい。
アメリカ研修が早まったと上司に言われたのがその頃。
ならいっそ、餞別に渡して関係を終わらせようと思ったんだ。
「ありがとうございます」
嬉しそうにプレゼントを受け取ってくれた。
「あの、これ」
と鈴音もプレゼントをくれる。
開けると、ネクタイピンだった。
ここのブランドは好きでよく使う。
でも一応、ハイブランドだし高かっただろうに。一生懸命、探してくれたのだろうか。
「ありがとう」
大切にしよう。
でも、鈴音に伝えなければ。
俺を気にせず、野上とうまくいってほしい。
本当は手放したくない。
今までの恋愛では、強引に奪っていたし手放さなかった。
でも……。
鈴音が悲しむところはみたくなかった。誰よりも一番に、幸せになって欲しかった。
それができるのが、俺じゃなくても……。
俺の言葉に鈴音は驚きを隠せない様子で慌てていた。
鈴音の「誤解です」という言葉は照れ隠しにしか聞こえないくらい、俺は心が鈴音には向き合うのを避けていた。
結局、なんだかんだ言い訳したところで、自分が一番傷つきたくなかっただけなんだ。
あの時の鈴音の言葉を信じておけば……と思うのはあとだけど。
あの頃の俺は聞く耳をもたなかった。
聞くことが怖かった。
いままで女性を振ることはあっても振られることはなかった。
相手を夢中で好きになることはほとんどなかった。
この胸の痛みは、初めてだった。
俺はそのくらい、鈴音を愛していた。