恋のレッスンは甘い手ほどき



鈴音にはそれからほとんど会えなかった。
年末年始の忙しさに加えて、アメリカ行きの準備もあって、地獄のような忙しさだったのもある。
落ち着いたころには、鈴音はマンションから出て行っていた。
実家に帰ったそうだ。年明けには一人暮らしを始めるらしい。
コンシェルジュから受け取った合い鍵が、もう鈴音がここに戻ってくることはないと告げていた。

「さよならだな」

直接言えなかった言葉が、虚しく響いた。

――――

『搭乗手続きを……』

空港で自分の乗る飛行機の搭乗アナウンスを聞きながら、俺は舌打ちをした。
ここ数日、調子が悪かったスマホがついにほとんど機能しなくなった。
このタイミングで……。

「まじかよ」

天を仰ぐしかない。
幸い、仕事用のスマホはあったため心配ないが、プライベートの連絡は取れなくなった。
仕方ない。アメリカに着いたら、よく連絡を取る相手には仕事用の連絡先を教えるしかないな。
スマホの電源を落としてカバンにしまう。
ため息とともに、アメリカへ飛び立った。

それから、半年後。
研修も終わり、帰国をした俺は半年ぶりに出社した。
周囲へお土産を配り、上司へ報告をすませて自席に戻ると野上が声をかけて来た。

「おかえり」
「おう」

一言だけ返す。
あまり顔を見たい相手ではない。
二人はきっと順調に付き合っているんだろう。そう思うと、嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。
しかし、野上は構わず俺に話しかけてくる。

「滝本鈴音、辞めたよ」
「え?」

思いがけない言葉に、野上を見る。

「春に辞めて他に行ったらしいよ」
「らしい? なんで不確かなんだよ。お前ら付き合っているんだろう?」
「はぁ? なにそれ、振られた俺への嫌味?」

振られた?
振られたってどういうことだ。すぐに破局したのか。

「なんだ、別れたのか?」
「何言ってるんだよ。別れたも何も、もとから付き合ってないし」

野上はイラッとした表情をみせた。
どういうことだ、二人はもとから付き合っていなかったのか。

「その顔は何か誤解していたね。誤解させたままにしとけばよかったよ」

野上はため息をつきながら自分の部署へ戻って行った。

昼休み。確かにいつも食堂に居るはずの人物が見当たらなかった。
やっぱり本当に辞めたんだな。
カウンターで業務をしていた職員に話しかける。

「どこに転職したかとか知っていますか?」

たしか大関さんと言っていたな。
食堂のおばさんは申し訳なさそうに首を横に振った。

「嘘だろ」

うな垂れるしかなった。
半年前に、スマホを壊しているから鈴音の連絡先が分からないし。
見つける手掛かりが見当たらなかった。





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