恋のレッスンは甘い手ほどき
「必要ですよ。特にときめくことを忘れた私には大事なリハビリ本です」
「忘れたの?」
「忘れました。ときめきって何なのかなって、わからなくなります。ときめきがわからないから恋愛の仕方もよくわからなくって……。だから漫画でも読んで思い出そうと……って、もういいでしょう」
話し過ぎた。
会話のテンポが相手にリードされているのだろう。
それに面倒くささから、つい言わなくてもいいことまで言ってしまい、しまったと思うが反面もういいやとすら思ってしまう。
別にこの人にどう思われようが、関係ない……。
「なぁ、それ俺が相手しようか」
急に低いトーンでニヤリと笑みを浮かべられ、ギクッと飲み物を掴もうとした手が止まる。
その顔には先ほどまでの柔らかい笑みはなく、どこか意地の悪い笑みだった。
あぁ、やはりこちらの顔が素のようだ。木崎弁護士の二面性をすぐに理解出来たが、急に出てきたその表情に戸惑いは隠せない。
「あ、相手って?」
どういうことだろうか。
怪訝な顔をすると、木崎弁護士は食後のお茶を一口すすった。
「ときめくには漫画じゃぁ足りないに決まっているだろ。そういうのは実際に体験しないと意味がない」
馬鹿だろうと言わんばかりの口調に、思わず周りを見渡す。
いつの間にか近くに座る人は誰もいなくなっており、今まで見せていた爽やかさが消えた理由がわかった気がした。
冗談でもなさそうな様子に思わずたじろぐ。
「え、体験とか別にいいですよ……」
体験ってどういうこと?
考えがわからず、つい椅子の背もたれに寄りかかり、距離を取ろうとしてしまう。
それに木崎弁護士は胡散臭そうな笑顔を見せた。
「遠慮するな」
「していませんって。というか、さっきから口調……」
「そこは気にするな。で、どうする? 俺がときめくための練習台になるぜ」
練習台? この人が? ときめくための?
いやいや。無理無理。この人相手にするなんて。
「何言っているんですか。ときめくための練習台だなんて……」
「馬鹿なことだって言うのか?」
「そうです。だって、漫画のようなことを木崎先生がして下さるとでも言うんですか?」
苦笑するが、木崎弁護士は至って真面目に頷いた。
「そうだな。多少のルールは敷くけどやってやるよ」
「ルール?」
「あぁ。でないとただのヤリ目的だと思うだろう。目的はそこじゃないからな。そういった関係は君に求めていないから安心しろ」
一瞬頭の隅に浮かんだ、「この人はただセフレが欲しいだけなのでは」という考えは読まれていたようで、一蹴された。