恋のレッスンは甘い手ほどき
はぁ、と大きなため息がでる。
いくら話しても現役弁護士のこの人には口で勝てる気がしない。
「もう! わかりましたよ、ただし半年だけですからね」
そう承諾するとニヤリと笑い、「契約成立だな」と満足げに言い放った。
それから出せ、と言われ渋々携帯を出すとあっという間に連絡先を交換させられる。
はぁ、仕方ない。
半年間、恋人のフリをするだけだ。たった半年。
相手は忙しい弁護士様だし、大して会えずに半年なんてあっという間に過ぎるだろう。
その時々会う際に練習台になってもらえば十分だ。
そう思っていると「鈴音」と名前を呼ばれた。
「え……」
反射的に顔を上げると優しい顔で満足そうに笑われる。いやいや、急に名前呼ぶとか反則でしょう。
異性に名前で呼ばれるなんてあまりないから反射的にドキッとする。
「……もう、何ですか」
「週末、ウチに来いよ」
「何言っているんですか? そういう関係は求めていないんですよね」
冷ややかな目で見返すと同じように冷ややかな目で見返された。
「馬鹿か。諸々ルールを決めるんだよ」
「あ、そうですか」
「それと、半年間ウチに住んでもらうから」
……は?
突然の話に耳を疑う。
今何て言った? 一緒に住む?
「恋人なんだから当たり前だろ。練習するにもちょうどいい」
「ええ!?」
何がちょうどいいのかさっぱりわからない。
たかが恋人(偽)の関係でしかも付き合い始め(仮)なのに一気に同棲って意味がわからないから!
絶対に嫌だ!
「よくない! 一緒に住む理由がわかりません!」
「俺だって苦渋の選択だよ。でも忙しいんだから、こうでもしないと時間が作れない。それにその方が何かとリアリティー出るだろ。心配するな、部屋なら余っている」
「部屋の問題じゃないです。偽物の恋人にリアリティーとか求めないでください。一緒に住むなんて絶対に嫌」
「うるせぇな、もう契約成立したんだよ」
「契約書がないから……」
「口頭でも契約ってものは成立するんだよ。目の前で承諾していただろ」
そう言われてグッと言葉に詰まる。
なんて横暴なんだ。しかし、反論するにも私の語彙力では勝てない。
くそぅ、と苦々しい顔をしていると木崎弁護士は席を立ち、急にニッコリと爽やかな笑顔を向けた。
「じゃぁな、鈴音。詳しいことは週末に決めような」
爽やかなトーンで言うと私の頭をワシワシっと撫で、あっという間に食堂を出て行った。
その変わり身の早さに唖然とする。
なんなのだ、あの人は。
後ろで一本縛りにしたストレートロングの黒髪を整えながら顔をしかめる。
お互い利益のあることとはいえ、一緒に住むまでしなくてもいいではないか。何を考えているのだ、あの人は。
というか、あんな奴と一緒に住むとか本当に嫌だ。
会って数日の男と同居なんて最悪だ。
契約はまだいいとしても、そこだけは断じて拒否しよう。偽恋人の関係でそこまでする必要性は全く感じられない。
忙しいからといっても、少しは時間を持てるだろうし、たかが半年の関係でそこまでしたくない。
本気で拒否すればあの男も無理強いはしないだろう。
「よしっ」とそう気合を入れて席を立った。