恋のレッスンは甘い手ほどき
「それは最近ということ?」
「そうよ。最近は何かないの?」
望は目の前にあった唐揚げをその可愛らしい口に、一口でポイッと入れた。
最近ねぇ、うーん……、あったっけ?
そう問われて記憶をたどる。
「皆無ではないけれど……。例えばね、キュンとしてもその一瞬で終わるのよ。そこから何か発展するとは思っていないし、その場限りのときめきなの」
街ですれ違う人や店員さん……。
イケメンでかっこいい人や素敵な人を見かけ、テンションが上がるときはあるが、だからといってそれからどうこうということはない。
目の保養だ、ラッキーくらいにしか感じないのだ。
「発展するかもしれないでしょう?」
望は頬杖をつきながら首を傾げる。
発展かぁ……。きっと望なら自分から声をかけたり、積極的に会話して親しくなるのだろう。
しかしその勇気は私にはない。
「しないよ。そんなドラマや漫画のような話は私には降りてこないって」
「じゃぁ、職場とかは? 鈴音の職場は大手法律事務所でしょう。独身エリートなんて選びたい放題じゃないの?」
「いや、社食の女と接点なんてあるわけないでしょう」
私は大手法律事務所――――の社員食堂カフェで調理師として働いている。
そんなエリート弁護士さんなんて厨房のなかから眺めるしかないし、そもそもそれ以外の接点などひとつもない。
いくら同じ会社の所属とはいえ、弁護士さんたちと私たち調理師の通用口からして違うのだ。
それにこちらは帽子にマスクで目だけしか出していないという、色気もへったくりもない仕事着で働いている。
エリートの彼らに声を掛けられるなんて、それこそ漫画やドラマの世界でしかありえない。
厨房も周りはおじさんやおばさんばかり。
働きやすい環境だから不満はないが、そんなので社内恋愛なんて出来るわけがない。