恋のレッスンは甘い手ほどき
もしかして、さっきの女の人かな。
脳裏に会社の玄関先で腕を絡ませてきた可愛い女性を思い浮かべる。
もしかして、私に遠慮して電話にでないとか?
胸がそわそわして、早口になりながら貴也さんに告げた。
「あの、女性からの電話でも気にせず出てくれていいんですからね?」
「え?」
「プライベートは詮索しません。隣に私がいても気にしなくていいですよ。なんなら先に帰っていますので」
そう話すと、少しポカンとした顔をしてから「ふっ」と笑われた。
「え、何ですか?」
「いや。そう言いながら、なんで少しむすっとした顔してるんだよ?」
「してません!」
慌てて否定するが、貴也さんは面白がるような目つきで私を見下ろしながら、つんつんと頬を指先で突いてくる。
むすっとした顔なんてしていないのに!
なんで私がそんな顔をしなければならないのよ。
ムッとした顔をすると、「ハハハ」と可笑しそうに笑われた。
「別にプライベートは何してもいいと話したじゃないですか」
「そうだけどね。真面目だな」
「だって、そういう契約……」
と言いかけた途中で、繋がれていた手とは反対の手で肩を抱き寄せられる。
視界一杯には貴也さんのネクタイの結び目があった。
突然のことで心臓がドキンと跳ねあがる。
「なっ!?」
「今は鈴音と居るんだから、お前を優先するのは当たり前だろう」
優先って……。
耳元に寄せられた唇から発せられた低い甘い声に、肩が少しだけ震える。
いつもは一瞬で終わるときめきがいつまでも胸でうるさく、しつこさが残る。
せっかく涼んだ体が、また熱くなった。
そんな言い方をされたら、自分が特別な存在のように感じてしまう。ただの半年間の偽恋人なだけなのに……。
胸に苦しさと嬉しさがせめぎ合っている。
懐かしい感情。偽の恋人なのに、勘違いしてしまいそうな感情。身を寄せてはいけない感情。
それを振り払うように貴也さんから離れた。
「ちょっと、近いです!」
抗議の声を上げるとクッと喉を鳴らして笑われた。
その顔を見てときめきの練習だとわかったが、顔が熱いし、繋いだ手がじっとり汗をかいていた。