恋のレッスンは甘い手ほどき
5.とりあえず、ご飯は食べましょう
季節は10月になった。
弁護士は忙しい家業だからなのか、最近では貴也さんとほとんど家の中で会うことも減っていた。
どうやら、私との噂が広まったことで、上司からのわずらわしさがなくなって仕事がやりやすくなったとか。
加えて、大きな訴訟を抱えているそうで今はとても忙しいらしい。まぁ、それも実際言われたわけではなくメールに書いてあったのだけれど。
つまり、完全なすれ違い生活だった。
夜遅く帰り、早くに家を出ているようで、家にいた形跡はあるものの本人は居らずという感じだった。
一度夜中にトイレに起きたが、その時は帰宅した様子はなかった。
休日も会社へ行くか、部屋に籠って仕事をしているかのどちらか。
こんなに忙しいのならトキメキ練習もお休みだなと納得する。
するが、しかし。
「忙し過ぎません?」
私はひとり蕎麦をすする貴也さんの前に腰を下ろすと、開口一番そう告げた。
貴也さんは突然現れた私に驚いた顔をしたが、すぐにニッと笑った。でもその顔には明らかに疲れた表情が見える。
「驚かすなよ。休憩か?」
「はい。貴也さんは遅い昼食ですか?」
時刻は15時を回っている。
この時間、食堂はほとんど人はおらず閑散としていた。
「今やっと一息つけたからな。元気か?」
「ええ、変わらず。……貴也さん、ご飯食べています?」
減りが悪い蕎麦をチラッと見る。
仕事大好き人間は、食事を疎かにしがちだと勝手に思っている。
案の定、苦笑いが返ってきた。
「あー、あんまり食欲ねぇな」
やっぱり。
仕事の忙しさから、自分の食べたいタイミングを逃すとお腹が空かなくなることがある。疲労感の方が勝っているのではないだろうか。