恋のレッスンは甘い手ほどき


「そういう時に蕎麦は消化に良くないです。確かにサッパリはするけれど、うどんとかの方がいいですよ」
「そうか。次からはそうするよ」

笑う顔に覇気がない。
顔色も良くないし、声も疲れが混じっている。
そういえば、忙しいと言い始めてから食堂で貴也さんを見かけるのは久しぶりだ。
以前から貴也さんはよく食堂を使っていた。しかし、ここ最近は姿を見ていない。
ということは、どこかで食べているのだろうか。そもそもお昼は毎日食べているのだろうか。

朝は? 夜は?
私、一緒に暮らしているのに彼が食事をしているところを見ていなかった。
そのことに思い当たり、嫌な予感がする。

「貴也さん? 最近のご飯どうしているんですか?」
「ん? 適当に食べているよ」
「バランスよく食べています?」
「あー、まぁうん。適当に」

適当に、ね。
つまり言葉通り、本当に適当に食べているのだろう。
それでよく身体が持つな。付き合いでの会食なども多いだろうが、外食やコンビニなどがほとんどなのかもしれない。
職場のデスクでコンビニ弁当片手にパソコンを打つ姿が容易に想像できる。

「ちゃんと食べないとだめですよ。食欲がないのも胃が弱っているんだと思います」
「そうだな。この忙しいのもあと2、3日だから。それが終わったら急ぎの案件もなくなるし落ち着くと思う。そうしたらちゃんと食べるよ」

つまり2、3日は適当な生活をするのか。
弁護士の仕事のことはわからない。けれど、こうも疲れた様子が見えるとさすがに心配だ。

「悪いな、練習できなくて」
「そんなのいいです。それよりも少しでも食べてなるべく身体休めてくださいね」

そう告げると「じゃぁ」と机に置いていた手を両手で握られる。


< 37 / 104 >

この作品をシェア

pagetop