恋のレッスンは甘い手ほどき


職場に到着し、遅れたことを謝罪してからすぐに現場に入る。ちょうど昼前で、忙しくなるころだった。

「ねぇ、今日キザどうしたの」

そう聞いて来たのは、昼の忙しさが落ち着いたころ。
机を拭いていると野上さんが声をかけてきた。ゲッと思うが口にも顔にも出さないように意識する。

「キザ休みでしょう。どうかしたの?」
「体調不良ですよ」
「へぇ、珍しいこともあるもんだね」

おや? 心配してそうには見えないが、どことなく寂しそうなのは気のせいだろうか。

「すぐに治りますよ」
「あいつがいない方が大きな案件が俺に回るから好都合だけどね」

ニヤリと笑って「これ」と封筒を手渡してきた。

「なんですか、これ」
「キザが前に調べていた海外の裁判事例をまとめたもの。課長が渡しそびれたって困っていたから、俺が預かってきた。一緒に暮らしているんだろ? あいつに渡して」

チラリと封筒の中をのぞいてみるが、全て英語やドイツ語のような外国語で書かれており、内容は全く何かわからない。
しかしそんな大事なものを私なんかが預かっていいのだろうか。

その疑問が顔に出ていたらしく、「ただのコピーした資料だから心配ない。君でもそれくらいは届けられるだろう?」と言ってフフンと鼻を鳴らす。
子馬鹿にしたような態度に相変わらずムカつく人だと思ったが、言葉にはせずに黙って受け取った。

別に次に貴也さんが出社した時でも良いのではと思ったが、急ぎの資料なのだろう。
ライバルならほおっておけば良いものを、わざわざ課長から預かって私に託しに来るなんて結構優しいのかな……? 
ムカつく人だけど、思うほど嫌な人ではない? 
少しだけ初めの印象が変わった。
しかし私の考えを読んだのか苦虫をかみつぶしたような表情で首を振った。

「言っとくけど、優しさじゃないよ。仕事以外の小さなことでも表向きは笑顔で引き受けることで、上司の評価を上げていくんだよ。要は出世のためだね」
「そうですかー」

仕事も成果を上げて、上司の困ったことにも対応できる余裕を見せて評価を上げていくってことね。
せこいというかなんというか……。
いや、でも本当は貴也さんが休みなのが気になっていたんじゃないのかな?


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