恋のレッスンは甘い手ほどき


資料を渡すことで、どうして休んでいたのか聞きたかったとか?
そうでないと、休みの理由など聞かないのではないか?

「素直じゃないタイプですか?」

ついそう聞いてみると、「はぁ? 何言ってんの」とそっぽを向かれた。
もしかして、意外と可愛い人なのかもしれない。
思わずクスリと笑ってしまうと「なに笑っているんだよ。気持ち悪いな」と食堂を出て行ってしまった。

「なっ、気持ち悪いって……。一言余計よ!」

思わずその背中に思いっきりタオルを投げつけてしまいたくなった。
やっぱりムカつくわ。

――――

仕事帰りにスーパーで食料を買い、家路につく。
寝ているだろうと思い玄関をソッと開けると静まり返っているはずの室内から微かに物音がした。貴也さん以外に人がいるのだろうかとドキリとしたけれど違うようだ。
よく耳を澄ませるとカタカタとパソコンを打つ音がする。
まさかと思い、貴也さんの部屋をノックもせずに勢いよく開けた。

「うわっ、びっくりした! 帰ったならノックくらいしろよ」

机に向かって仕事をしていた貴也さんは振り返って目を丸くする。しかし、貴也さんのその抗議は、私がキッと睨み付けることで黙らせた。

「何しているんですか」

低い声でそう聞く私に気まずそうな顔を見せて目を泳がせている。
私が言いたいことを察したようだ。

「いや、これは……」
「まだ顔色も悪いのに、仕事なんて何考えているんですか!」

心配したのに仕事だなんて、と腹が立ってズンズンと近寄ると、タイミングよく貴也さんの携帯が鳴る。貴也さんはこれ幸いとパッと片手で私の口をふさぎ、器用に電話に出た。

「はい、もしもし。木崎です」

声のトーンが一気に仕事モードに入り、キリッとした表情と声に変わる。
口をふさぐ手はまだ体温が高く、顔色だって悪いのにそんな様子を感じさせないやり取りを電話口でしている。


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