恋のレッスンは甘い手ほどき
「手は出さないから違反にはならない。頼むよ、眠れないんだ」
そう言われて、ハッと動きが止まる。
眠れないってどういうこと?
「不眠……なんですか?」
「いや、不眠ではないけど眠りが浅い。熟睡できないんだ」
「そんなの身体に悪いです。病院とかで見てもらった方が……」
「わかっている。けどそんな暇もないしそもそも、病院は嫌だ。でもさ、この前食堂でお前の手を握って少し眠ったとき、短時間だったのに凄く熟睡出来たんだ」
この前のことを思い出す。そういえばそういうこともあった。
確かに手を握りながら眠っていたようで、声をかけるとハッと慌てていた。本当にあんな短時間で眠れていたのか。
「少しの時間だったけど、あんなに熟睡できたのは久しぶりだったんだ」
貴也さんは苦笑する。
「今日だって身体は疲れているのに神経が過敏なのか、昼間もあまり眠れなかった。でもあの時、鈴音に触れるだけであんなに深く眠れたんだから、またこうしていれば熟睡できるんじゃないかって考えていた」
「ほ、本当にそれだけですか?」
「なに? それ以外の事もして欲しいの?」
くすっと笑われ、全力で否定する。
「期待に添えられずに悪いけど、今はそこまでの体力はないんでね」
「き、期待してないし、したら契約違反ですから」
「そうだな。でも添い寝は契約外だ」
そう言われると言い返せない。
しかも睡眠のためだとか言われたらなおさらだ。そこで完全に拒否できるほど、意地悪な人間にはなれない。
どうしたらいいのか困っていると、ダメ押しな感じで「鈴音」と小さく囁かれた。
「練習だと思えよ」
「む、無理ですって……」
「頼む。寝るまででいいから」
呟く声は少し低くて、どこか疲れが混じっている。そうだった、調子が悪いんだったと思い出す。
相手は病人だと何度も心で繰り返すと、少し落ち着いてきた。
どうやら自分でも気が付かなかったが、病人に対しては寛容のようだ。……まぁ、それもほんの少しだけだけれど。
「……わかりました。寝るまでですよ」
「ありがとう」
フッと笑ったのか、首筋に息がかかりゾクッとする。変な気持ちになるわけではないが、落ち着かない。
するとそのうち眠りについたのか、背後から規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……本当に不眠なの?」
案外早かった寝つきにホッとして、その腕の中から出ようと身体を動かすが……。
「え」
腕がガッチリ身体に回されており拘束が解けずにいた。
それどころか、身じろきするとうるさいとでも言うようにギュッと抱きしめなおされる。
「これじゃぁ出られないでしょう」
小さな声の呟きは眠りの世界に行った彼には届かない。
普通、眠りに入ったら身体もリラックスして力が抜けるはずだ。ということは、もしかしたらまだ完全に深くは眠っていないのかもしれないと思い至った。
だったらまだ動くわけには行かない。
「……しかたないなぁ」
もうあきらめるようにため息をついて、身体の力を抜いた。
慌てても私が疲れるだけなんだ。
しばらくこうしておいて、貴也さんが完全に寝入ったら出よう。
そう思った。