恋のレッスンは甘い手ほどき


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その日、改めて貴也さんがモテてるのだということを痛感した。

「ねぇ、何とか言いなさいよ」
「あんたみたいな子が木崎さんと付き合っていると、彼の評価に響くのよ」

休憩のため厨房から出ると、女性二人に声をかけられてカフェから出た廊下の奥に連れて来られた。
いわゆる、呼び出しというやつである。
いや~、いつかはあるかななんて思っていたけど……。
まさか貴也さんが休みの日にやられるとは思わなかった。しかし、よく考えれば貴也さんが出社していない日の方が呼び出しはしやすいのだろう。

でも学生時代ならまだしも、社会人になってまでこんなことをする人がいたのか。
やることが時代遅れというか、幼いというか……。
彼女たちは見たところ私より年下だろう。今時のメイクに髪型、香水の香りもしている。派手なタイプの子たちで、私とは正反対だ。
胸元に弁護士バッチは着けてはいないから、事務職かパラリーガルといったところかな。泣き出したいほど怖いということはないが、さすがにこうして囲まれると分が悪い。
どうしようかと困っていると、女性たちはさらに詰めよってきた。

「あの、すみませんが、そうした苦情は貴……木崎さん本人に言ってもらえますか?」
「は? 何言っちゃってんの?」
「言えるわけないじゃない!」

馬鹿じゃないの、と鼻で笑われる。
そりゃそうか、本人に言えないから私に詰め寄っているんだもんね。確かにそうだよなと妙に冷静な気分になる。

「それで、あの、何が言いたいんですか?」
「だから、あなたは木崎さんにはふさわしくないの」
「身の丈が違うでしょう? 早くわかれた方がいいわ」

身の丈……。
彼女たちからしたら、彼は優秀でスペックの高いイケメン弁護士。
私は彼女たちのカーストで言えば下の方にいる、地味な厨房のおばちゃんといったところか。
確かにその通りだが、他人に言われると面白くはない。ついムッとした表情をしてしまうと、彼女たちはさらに「なによ、その顔」と怒り出した。
だって、今さら改めて言われなくたってそんなことわかっている。
ふざけんなと言い返したいところだが、恋人契約のことなんて言えるはずがないからそこは黙っているしかない。

とりあえず、この状況をどうやって切り抜けようかと考えていると、彼女たちの後ろから小柄な女性が顔をぴょこっと出した。




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