恋のレッスンは甘い手ほどき
「あそこの部屋、広いですもんね。眺めもいいし、環境もいいし。私もあそこは気に入っているんですよ」
「そうですか」
つまりは、茉莉さんもあの部屋に行ったことがあるのだと言いたいらしい。
これは嫌味を言われ、マウンティングされているのだと感じた。
私も良く知っているのよ、と。
いや、私の思い過ごしなのかもしれない。それでもあの写真を見た後ではそう感じずにはいられなかった。
あぁ、嫌だな。凄く嫌。早く厨房に戻りたい。
食材を黙々と切っていると、スッキリしてくることが多いから仕事に戻りたい。
つい一歩足を後ろに引いて後ずさりしそうになると、茉莉さんはハッとした顔をした。
「大変。もう行かなきゃ」
茉莉さんは腕時計をチラッと確認した。すでに昼の二時近いだろう。
彼女たちの休憩時間はもう終わっているはずだから、仕事の合間にここへ来たのかもしれない。
なぜ? 私に会いに?
「貴ちゃんによろしく伝えてください。茉莉が心配していたって」
「……はい」
そう言って、茉莉さんは戻って行った。
戻っていく後姿を眺めていると、すれ違う男性たちが茉莉さんを振り返っている。その視線には見向きもしていない。
結構モテるんだろうな、と思う。
それでも見向きもしないのは、貴也さんが好きだから?
「まいったな……」
茉莉さんが完全に視界からいなくなったところで、思わず深いため息が出た。
彼女の言葉を振り返ると、言外に「彼とは私の方が親しい、良く知っている」と言われたようなものだ。
これは今後、嫌な予感しかしない。
ある意味、さっきの女性二人の方がまだマシなのではないだろうか。
「どうすればいいのよ」
小さな声で呟いてしまう。
偽とはいえ、恋人と名乗っている以上、これからもあんな風に呼び出されたり、茉莉さんにちくちく言われたりするのだろうか。
いや、だから考え過ぎだってば私。
そう、考え過ぎ。……かなぁ?
あぁ、女ってなんて面倒な生き物なんだろう。
偽とはいえ、モテる男性と付き合うって結構大変なんだなと思い、肩を落とした。