恋のレッスンは甘い手ほどき

「鈴音は? 誰と飲んできたんだ?」

そう言って私に顔を近づけて「くんくん」と匂いをかいだ。
その距離の近さと匂いをかがれたことで慌てて身体をのけ反る。

「ちょっと! 嗅がないでください」
「酒の匂いと、微かに煙草の匂い……。居酒屋か」

体を離して考えた後にニヤリと笑った。
そして、少しだけ目を細めて横目で私を見た。

「なに、男?」

その声が少し低くなった気がする。いや、きっと気のせいだ。

「違いますよ。親友と飲んでたんです」

私はなぜか弁解するように、スマホの写真フォルダを開いて今日撮った望の写真を見せる。

「美人でしょ? 凄くいいこなんですよ」
「へぇ……。確かに美人だけど……」

そこまで言って私を振り返る。

「俺は鈴音の方が綺麗だと思うけどな」

特に照れた様子もなく、からかうわけでもなく普通にサラッと言われた。
綺麗って? 私が?
言われ慣れない言葉に一瞬声が出なくなる。
こういう時、どう返していいのかわからず、「えっ、あ、それはどうも」と挙動不審になってしまった。
反射的に照れてしまい、顔を反らす。
すると、貴也さんは私の方に覆い被さるように体を寄せてきた。

「えっ、何ですか!?」

驚いて身を固くすると、「それ何だ?」と手元を覗かれた。
貴也さんは私が持ったままの、葉書を覗きこんで見ただけのようだ。
なんだ、これを見るために身体を寄せたのか。過剰に反応してしまい、恥ずかしい。
気を取り直すように軽く咳払いをした。

「大学の同窓会のお知らせです」
「へぇ。同窓会ね」

私が持っていた葉書を手にして両面を読んでいる。

「行くのか?」
「あ~……、ちょっと考え中です」
「なんで?」

間髪いれずに理由を問われ、言葉に詰まる。

「会いたくないやつでもいるのか」

……忘れてた。この人は鋭かったんだった。

「別にそういうわけじゃ……」
「なら行けばいい」
「そうですね……」

葉書を返されて、それを見つめる。
本音は行きたい。久しぶりに友達とも会いたい。
陸くんとは、別れたあとも表面上は友達として付き合ってきた。
幹事だし、確実に顔は合わせるけど当たり障りなく接すれば良いのかもしれない。
むしろ、過剰に反応しているのは私だけだろう。
そう思っていると、ポケットのスマホが鳴って望から『同窓会の案内来た?行かない?』とメッセージが来た。

『行こうかな』とだけ返信を送る。

それでもまだなんだか気持ちが落ち着かない。陸くんの名前がそうさせるのだろう。
微かな胸の苦しさに懐かしさを覚える。
そういえば、別れたあとしばらくはこんな風な苦い気持ちだったな。
新しい彼女が出来た陸くんを、こんな気持ちで見つめていたんだっけ。
落ち着かないのは懐かしい気持ちを思い出したからか。

「……音、鈴音」

呼ばれてハッとする。
葉書を見つめたまま固まる私に怪訝な顔で貴也さんが見ていた。

「……何を考えている?」

その優しい声に驚いた。
問い詰める口調ではなく、どこか気遣うようだ。
まさか、私が迷う理由に気がついているのだろうか。

「何も……」
「嘘つけ」

そう苦笑して私の肩を抱き寄せた。
広い胸に頬が押し寄せられる。

「た、貴也さん……」
「泣きそうな顔してるぞ」

泣きそう? 私が?

「別に泣きそうになんてなっていません」
「そうか?」

ふふっと頭上で笑われる。
そして、頭を優しく何度も撫でられた。

「無理して行く必要はないぞ」
「無理はしてないです。ただ、懐かしい気持ちを思い出しただけですから」

そう言うと、抱き寄せた腕に力が入り、さらにギュッと抱き寄せられた。

「そうか」
「はい」

どこか慰めるように貴也さんは私を離さない。
ワイシャツから貴也さんの匂いがする。貴也さんの部屋で嗅いだあの香り。
慣れない香りなのに、どこか安心する。
胸がトクントクンと早く動くのに、この状況に心地よさを感じていた。



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