恋のレッスンは甘い手ほどき


10月下旬の土曜日。その日はあっという間に来た。

『ねぇ、本当に良かったの?』

スマホのスピーカーから、望が気づかわし気な声で聞いてきた。

「うん。行きたいのは本当だから」

私は部屋で着替えをしながら望にそう答える。支度中に電話があり、スピーカーにしてベッドに置きながら話をしていた。
望はすんなり行くと言った私を気にしてくれているようだった。

『でも陸くんが幹事とか珍しいよね。やりそうなタイプではないのに』

望も陸君のことは知っているため、意外そう言った。
それは私も思った。彼はあまり前に出て何かをやるというタイプではなかった。どちらかというとサポートタイプだ。

「社会人になってから変わったのかもよ」
『それはあるよね』

話しながらあっという間に化粧も着替えも終わった。

「そろそろ出るね」
『あ、私も出なきゃ。じゃぁ、お店の前でまたね』

そう言って切れた。
スマホを鞄にしまい、部屋の扉を開けると貴也さんも部屋から出てきた。
私の格好を「ほう」と上から下まで見つめる。

「変ですか?」
「いや、似合っているよ」

プリーツのワンピーススカートにショートジャケットを羽織っている。
貴也さんの前ではワンピースなんて初めて着たせいか、珍しそうな顔をするのも無理はない。
似合っていると言われて、良かったと思いながら玄関へ行くと何故か貴也さんも付いてきた。

「見送りですか?」
「帰りが遅くなりそうなら連絡しろ」

初めて言われたセリフに目を丸くする。
それってつまり、迎えに行くってこと?

「迎えに来てくれるんですか? いいですよ、わざわざ」

迎えに来てもらうほど遠い場所でもない。遠慮をすると、軽く首を振られた。

「俺も夕方から近くで会食なんだよ。時間が合えば、だけどな」

なるほど。そういうことか。きっと時間も合わないだろう。
そう思うが、好意はありがたく受け取ることにした。

「ありがとうございます。じゃぁ、一応帰るときに一報入れますね」
「ああ、そうして」
「じゃぁ、行ってきます」

そう行ってマンションを出た。
乗り換えをして、電車で30分ほどで会場の最寄り駅に着いた。
場所は駅から歩いて10分ほどのレルトランを借り切っているらしい。ハガキの案内を見ていると、「鈴音」と後ろから望に声をかけられた。

「タイミング良いね。行こう」

望と話しながら探すとすぐにその場所にたどり着いた。オシャレな洋風の建物だ。
どうしよう、少し緊張してきた。
軽く胸を抑えて入り口へ向かうと、扉の所に男性が立っていた。
あ……。

「陸くんだー。久しぶりだね」

望は明るくそう声をかける。
陸君は私たちを見ると、穏やかに微笑んだ。

「山本さん、鈴音ちゃん、久しぶり。受付してもらっていいかな」

大学の頃と変わらない笑顔で私たちに挨拶をする。
相変わらずひょろっとした長身で、笑うと目がなくなる。髪は社会人らしく短髪になっていた。

「久しぶり」
「鈴音ちゃん、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、幹事ありがとうね。大変でしょ?」

先に会費を払って名簿に名前を記入しながらそう言うと、陸くんは苦笑いしながら頭をかいた。

「いや~、実は佐々木先生がちょうど今年で定年なんだ。定年後は海外に移住されるらしくて、それを聞いて同窓会をしようと思ったんだよね」
「え? 先生海外に行かれるの?」

佐々木先生は私たちの担任だった。恰幅の良い、優しい先生だ。

「そうなんだ。うちの学部は50人だったけど、結構来ているよ」

中を覗くと、私に気が付いた数人がこちらに手を振っている。私も振り返しながら陸くんに「何か手伝うことがあったら言ってね」と声をかける。

「ありがとう。一応、田辺と松本も幹事の一人だから大丈夫だよ」

確かにその二人が中で店員に声をかけたり細々と動いていた。

「そっか、じゃぁ」
「鈴音ちゃん」

中へ入ろうとすると、陸君が呼び止めた。

「綺麗になったね。……あのさ、後で少し話せないかな」
「うん、いいよ」

改まった言い方にドキッとしたが、そこは出さずに笑顔で返事を返した。


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