恋のレッスンは甘い手ほどき
トイレからでると、廊下で陸君とばったり会った。
「あ、鈴音ちゃん」
「お疲れさま」
さっきの話を思い出してなんとなく視線を指に向けるが、陸君は指輪をしていた。
どうして入口で気が付かなかったのだろう。
そのまま横を通り過ぎようとすると、「少し話さない?」と声をかけられる。
そういえば最初にそんなことも言われていた。
レストランにはテラス席もあり、二人でお酒をもってそこへ行く。少し風があるが、お酒で火照った顔には心地が良い。
「元気だった?」
陸くんは遠慮がちにそう切り出した。
「うん、元気だよ。陸君は? 聞いたよ、結婚したんだってね。おめでとう」
最初に私から切り出してしまえば後は楽なのではないかと思い、笑顔でそう伝えると陸君は少し気まずそうにした。
「聞いたんだね。そうなんだ、実は」
「良かったね。子どももいて、順風満帆じゃない」
ケラケラと笑って「羨ましー」と言うが、陸くんの表情は冴えなかった。
「……僕はずるいんだ」
「え?」
「鈴音ちゃんにあんなことを言って別れたくせに、今になって……後悔している」
陸君は前を見つめながら呟いた。
後悔? 何を? 私と別れたことを?
驚きが隠せず、陸くんを見つめると照れたように頭をかいた。
「妻がいて、子どももいるのにこんなこと言うなんて軽蔑されるかもしれないけど、僕はやっぱり鈴音ちゃんが好きだよ。未だに忘れられなくて、今日会えるのが楽しみだった」
「陸くん……」
陸くんの視線が甘い。昔向けられていた視線と同じではないか。
どうして? なんで今更そんなことを言うのだろう。
「何言ってるの? 陸君が私を振ったんだよ?」
「ごめん。後悔している」
そしてシュンとした表情を見せた。
後悔しているからなんだというのだろう?
結婚をしている陸君がいまだに私を忘れられないからと言って、どうすればいいのだろう。
「鈴音ちゃん、僕はいま妻とは上手くいっていないんだ。離婚の話も出ている」
「離婚?」
「僕から切り出したけど、妻は納得していない。少し時間がかかるかもしれないけど、でもいつかちゃんと別れるから……、その、鈴音ちゃんさえ良ければ……」
そこまで言って、陸くんはハッとした表情をした。
私が冷たく、無表情で彼を見ていたからだろう。
「良ければ、なに? 私に何を期待しているの?」
そう発した自分の声が思った以上に冷たく響いた。
いつのまにかテラスにはだれもおらず、会場からは拍手が聞こえる。佐々木先生の挨拶が終わったようだった。