恋のレッスンは甘い手ほどき
目の前のこの人は、私の知っている陸くんなのだろうか?
こんなに自分に都合の良いことばかりを言うような人だったっけ?
あんなにも緊張と懐かしい気持ちで少しドキドキしていた私の気持ちが一気に冷えていくのがわかった。
「あなたは、私よりあの子を選んだ。もうそれが全てだよ」
忘れられない、『鈴音ちゃんはひとりで生きていけるタイプだと思う』の言葉。
一人で生きていけるかもしれない。でも私だって誰かに寄りかかりたいときはある。
それは、この人ではない。
この人には、何一つときめいたりはしない。
あるのは懐かしさだけ。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ため息をつくと、スマホが鳴った。表示を見ると貴也さんからメッセージが来ていた。
あちらの会食は終わったようだ。すぐに返事を返す。
会場の中を振り返ると、こちらももうお開きの様子で人もまばらになっていた。
「あぁ、もう終わりだね。お疲れ様でした」
そう言って立ち上がると、陸くんも慌てて立ち上がり私の手首を掴んだ。
「離して」
「あの時、僕は君に酷いことを言って彼女を選んだ。君を傷つけてしまった。本当に申し訳なかったと思っている」
陸くんに掴まれた手首を見下ろす。
あぁ、何も感じない。
この手ではない。
「反省してくれたなら良かった。奥さんとのこと、もう一度ちゃんと考えたら? 子どもだっているんだから」
そう突き放すと、陸くんは悲しそうな顔をするが離そうとしない。
「ねぇ、離してってば」
「鈴音ちゃん! 都合のいいことを言っているのはわかっている。でも僕は……」
そこまで言って、陸くんは言葉を飲んだ。視線は私の後ろに注がれている。
「その手を離してもらえるかな」