恋のレッスンは甘い手ほどき


自覚したところで、また私の諦めぐせが顔を出す。
今、偽の恋人として貴也さんの側に居るけれど、それも来年の春になれば貴也さんのアメリカ行きと共になくなる。
要は別れるという形をとるのだ。

どのみち本当の恋人ではないのだから、好きになるだけ無駄というもの。
私が現在、貴也さんから与えられているこのときめきや優しさは練習であって、私を本当に好きだからしているということではない。

きっと昨日のキスもいくら恋愛は自由とはいえ、元カレといるところを見て独占欲が生まれただけだろう。
ほら、小さい子どもがオモチャを取られたような、そんな感じ。
だから勘違いしてはいけない。

「もう、恋愛ごとで辛い思いはしたくないものね……」

頭を抱えながら自分を納得させる。
貴也さんのことが好き。
契約をしたのだから、今後も偽の恋人として役割を果たし、ときめきの練習をしてもらおう。
でも、忘れてはいけない。
彼は春には遠くへ行ってしまう。
恋人関係は解消するのだから、心のどこかで諦めの気持ちを持っていよう。

どこかで諦めていれば、あぁほらやっばりねで傷は浅くてすむ。

彼と過ごす日々はいつか終わりが来るものだと忘れずに分かっていれば、好きでいても気持ちの切り替えが出来るのではないだろうか。

「こんなこと望に言ったら怒られそう……」

諦めグセを直すんじゃなかったの!? なんて言われるだろうな。
自嘲気味に笑みが溢れる。
それでも、やっぱりこの恋にのめり込むのは怖い。
とこかで一線を引いておかないと、最後はボロボロになって立ち直れなくなりそう。
それくらいに、貴也さんに惹かれているのだ。
自問自答しながら考えをまとめていると、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。

そのお陰もあって朝方まで眠れなかったが、そこから昼まではぐっすりと眠ることが出来た。
次に目を覚ますと、時計はお昼前を示していた。

「よく寝れた気がする」

寝起きは嘘のようにスッキリしていた。

身支度を済ませてリビングへ行くが、貴也さんはまだ寝ているのか居なかった。
キッチンに立ってご飯はどうしようかと考える。
作るのも面倒だし、でもパンだけというのもなんだか物足りない。
でもそこそこお腹は空いている。
う~ん。
どうしようかなと考えていると、リビングの扉が開いた。
振り返ると貴也さんがスウェット姿で眠そうに立っている。
昨日のキスと自分の気持ちに気付いたこととで、ドキンと大きく心臓が跳ねた。
しかし、朝方色々と考えてたお陰で、挙動不審にはならずにすんだ。
こっそりと深呼吸をしてから口を開いた。

「おはようございます」

落ち着いたいつもの声で挨拶すると、貴也さんは「おはよう」と呟き、ソファーへダイブしたのだ。
昨日のことは全く気にしていない様子だな。
モテ男にとっては気にすることもないのだろうけど……。
少しだけ、チェッと思うのは私の勝手な我が儘なんだろう。
まぁ、私も気にしないと決めたのだけど。

「眠いならまだ寝ていたらどうですか?」
「眠いけど、また寝るほどではない」

私の声かけにクッションに顔を押し当てながら答えた。

「何か食べますか?」

もし貴也さんが食べるならちゃんと作ろうかなと思って、エプロンに手をかける。
すると、貴也さんがガバッと起き上がった。

「作るのか?」
「まぁ……。お腹空きましたし」
「休みの日まで作るの嫌にならないか?」
「多少はありますけどね」

そう答えると、貴也そんはポンと手を叩いた。

「じゃぁ、外に食べに行こう」
「え?」

外食? ふたりで?

「え、そんな急に……」
「大丈夫。そんなに堅苦しいところには行かないから」

そう言ってバタバタとシャワーを浴びに行ってしまった。
そんなこと言われても。
さすがにジーンズ姿で行くのはちょっとな……。

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