恋のレッスンは甘い手ほどき


「そうか、なんか悪かったな」

申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、大したことないです。それに野上さんがちょうど来てくれたし」

安心させるようにニッコリ笑って見せると、貴也さんは眉を潜めたまま「そうか……」と呟いた。
部屋に着いて、夕飯の支度を始める。

「夕飯は貴也さんが食べたいと言っていた鍋です」

スーツから部屋着に着替えてリビングに入ってきた貴也さんに声をかける。
貴也さんは冷蔵庫からビールを取り出し、プルタブを開けて鍋を覗き込む。
肩越しに手元の鍋を覗き込むから、ドキンと胸が跳ねた。

「うまそう」

嬉しそうに微笑む顔を目の端でとらえる。
うわぁ、ちょっとダメだ。
顔が赤くなるのがわかる。明らかに動揺を隠せないでいた。
顔が近いとキスを思い出す。
諦めるつもりでいるのに、貴也さんに触れることを心が望んでしまう。
それじゃぁ、駄目なのに。

「鈴音?」
「覗き込まないでください」

消えるような声で俯いて顔を背ける。
すると、貴也さんはニヤッと笑って耳元で「俺を見ろ」と囁いた。

「……っ!」

耳を押さえて貴也さんを睨み付ける。

「赤い顔して……。ドキッとした? 最近してなかったもんな、ときめきの練習」
「練習は……、もういいですから」

練習にしなくても、すでに貴也さんを好きになっている。もうときめきがどんものだったか思い出した。
もう、あからさまな練習はいらないのかもしれない。
でもそんなことを知らない貴也さんは怪訝そうに私を見てくる。

「なんで?」
「なんでって……、それは……」
「野上を好きになったから、とか?」

野上さん?
意外な名前にキョトンとする。

「え? なんで野上さんが出てくるんですか?」
「一緒にタクシーで帰ってきていただろ」
「ですから、あれは絡まれたのを助けてもらっただけで……」
「でも仲良さそうだから」

そんな風に見えてたの?

「野上さんとはそんなんじゃないです」
「じゃぁ、なんで?」
「それは……」

貴也さんが好きだからなんて言えない。

「練習のお陰で、なんとなく思い出してきているからです」

誤魔化すような言い方になったかな?
でも、貴也さんを好きなことは知られたくない。
どうせ離れるのに、今傷つくことはないでしょう。

「ふぅん」

納得しきれてなさそうだけど、それ以上は突っ込まずにいてくれた。

「それなら良かったよ。でも、俺の恋人役は続けてもらうからな」

"恋人役"

その言葉に胸がズキッと痛む。
そう、私の役割はあくまで恋人のふりだ。
わかっているけど、本人に改めて言われると胸が痛いな。

「わかっていますよ」

空笑いしか出なかった。



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