恋のレッスンは甘い手ほどき
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「暇そうだね」
「うわぁ!?」
昼休みがやっと終わって人の波が切れた時間帯。
今日は朝から雨で、食堂は多くの利用客がいた。
忙しく動き回った後、やっと休憩になり昼食を取りながら一息ついてボーっとしていたところに、後ろからお盆を持った野上さんがやってきて開口一番そう言ったのだ。
「驚かさないで下さい」
「驚かせたつもりはないよ」
野上さんは私の前に座って、軽く手を合わせて昼食の定食を食べ始めた。
「最近はどう? あれから絡まれたりしてんの?」
あ、気にしてくれていたのだろうか。
「いえ、あれから特にはないです。茉莉さんも何も言ってこないし……」
「だろうね」
「え?」
野上さんはニッと口角を上げた。
「何かあったんですか?」
「別にないよ。まぁ、ちょっと、コンプライアンス部に同期がいて、そいつに安住茉莉のせいで食堂従業員のプライバシーや個人情報が出てるっぽいってことを話しただけ」
だけって……。
そんな簡単なことのように……。
唖然として口がポカンと開いた。
「少しだけ話は盛ったけど、安住の行動は最近目に余るものがあるって話したんだ。そしたら、本人に注意が行ったらしい。前から安住は木崎に近寄る女が気に入らなくて、あることないこと噂を流していたんだよ。同期はそれを知っていたから、話が速かっただけ」
「そ、そんなことになっていたとは……」
驚きで言葉をなくす。
通りで最近は絡まれるどころか、好機の目にもさらされていないはずだよ。
野上さんがこっそり動いてくれていたんだ。
「野上さん、助けて下さりありがとうございました」
ぺこっと軽くお辞儀をしてお礼を言うと、野上さんはふんと鼻を鳴らした。
「別に君のためではないよ。弁護士の性分だ」
そう言いつつどこか照れくさそうにしている。
「性分ですか? でもいつもなんだかんだ助けてくれるし、優しいですよね~」
ふふふっと笑うと、野上さんは小さく舌打ちをして、私の鼻を軽くつまんだ。
「いひゃいです」
「ごちゃごちゃ煩いからだ」
全く、とため息をつかれる。
つままれた鼻を押さえながらも、つい笑ってしまう。
時々ムカつくこというけど、結構面倒見が良いというか優しいんだよな。
「感謝するならお礼の一つでもしてほしいくらいだよ」
「いいですよ、ご飯でも奢りますよ」
「まじで?」
自分で言って来たくせに、なぜか驚いたような顔をされた。
「次回、食堂のメニューならなんでも好きなご飯をおごりますよ」
「食堂かよ……」
表のメニュー表を指差しながらそういうと、野上さんはどこか呆れた様な顔をした。
それにフフと笑みがこぼれる。
「冗談です。高いものは無理だけど、どこでもいいですよ」
「言ったな。じゃぁ、約束な」
「了解です」
「ん」と差し出された小指に、自分の小指を絡めた。