恋のレッスンは甘い手ほどき
一瞬、周りが小さくザワッとした。
なんだろうと顔を上げると、そこには息を切らせた貴也さんが入口からこちらへ向かってきていた。
「貴也さん」
「ごめん、遅くなった」
いつもよりも良いスーツに身を包んだ貴也さんは、それをサッと直して私の横に立った。
スタイルが良いから目を引くのか、注目されているのがわかる。
「待たせて本当にごめん」
申し訳なさそうに手を合わせてくる。
走ってきたのだろうか、肩で息をしていた。
「仕事だったんですか? 大丈夫でしたか?」
「あぁ、あとは俺がいなくても進められるだろうから任せて来た」
そう言って息を整えると、側にいた店員にワインと料理を出すよう伝えていた。
椅子に座ると、ホッとしたように微笑んだ。
「鈴音が待っていてくれてよかった。もしかしたらもういないのかもと思っていたから」
「貴也さんに連絡しても返信ないし、すっぽかされたかと思いましたよ」
ふふっと笑いながら冗談気味にそう言った。
まぁ、半分くらいは本気で思っていたけど。
「そんなことするわけないだろ。本当、ごめんな」
珍しくシュンとした様子で、何だか面食らった。
本当に申し訳ないと思っているのだろうな。
私は来てくれただけでも嬉しいのに。
「気にしないで下さい。来てくれてありがとうございます」
何だか本当に恋人のようだ。
いや、まともに恋愛が出来ていなかったからよくわからないけど、でも本当の恋人はこんな風に相手を大切にしてくれるんだろう。
貴也さんはトキメキの練習だけではなくて、そんな気持ちも教えてくれているんだ。
「お待たせいたしました」
そう言って店員がワインと料理を運んでくる。
どれも見た目から味まで最高で、ゆっくり味わっても私には到底、作れなさそうな美味しい料理ばかりだった。
「美味しい! なんの調味料を使っているんだろう。組み合わせとか、私には想像できないですよ」
「喜んでくれて良かったよ」
私が楽しんでいるのがよくわかったのか、貴也さんも嬉しそうにしてくれた。
デザートを食べ終えて、紅茶を飲んでいると貴也さんが「これ」とテーブルに長細い箱を置いた。
「クリスマスプレゼント」
「! ありがとうございます」
急に出て来たプレゼントに驚きつつも、嬉しくて笑顔になる。リボンをほどいて箱を開けると、中からは綺麗なネックレスが出てきた。ふちが雫のような形で、真ん中に誕生石のエメラルドが小さく入っている。
「凄く綺麗……」
ほぅと見とれてしまう。
主張し過ぎず、でも輝くそのネックレスは大人の女性に似合うようなデザインで、どんな服にも合いそう。貴也さんはセンスがいいな、なんて客観的に思ってしまった。
「エメラルド……。よく私の誕生日が五月って知ってましたね」
「そんなこと話していただろ」
「そうでしたっけ?」
覚えていないけど、貴也さんがそういうならどこかで話していたのだろう。
綺麗で嬉しくてしばらく見とれていたけれど、ハッと思い出して私もプレゼントを取り出した。
「これ、良かったら」
貴也さんは箱を開けて笑顔を見せた。
「ネクタイピン?」
「はい。何を渡そうか迷ったんですけど、貴也さんがいつも身に着けられるものが良いかと思いまして……。あ、でも嫌いなブランドだったり、すでに持っている物だったら受け取ってもらわなくても大丈夫なんで!」
私が焦った感じでやや早口に言うと、貴也さんは笑顔で首を横に振った。
「ここのブランド、好きだよ。持っていない物だ。ありがとう、凄く嬉しい」
ニッコリと笑ってくれてホッとする。
シルバーのシンプルなデザインに、ブランドのロゴがさりげなく入っている。
結構、奮発して買ったから喜んでもらえて良かった。
貴也さんは早速、着けていたネクタイにピンを着けてくれた。品の良いデザインはネクタイにも合っていて、似合っていた。
「あの、私も着けていいですか」
「貸して」
ネックレスなんてあまり着けたことがなかったから、もたもたと手間取っていると貴也さんが立ち上がって後ろから着けてくれた。
「うん、良く似合っている」
横から覗き込まれて、顔が近い。ドキッとする。
「ありがとうございます。大切にします」
満面の笑みで返した。