恋のレッスンは甘い手ほどき


「別にオタクではないです。それはたまたま……」

言い訳しようとして辞めた。別に好きで読んでいる本がなんでも良いではないか。

「ふぅん、御曹司でイケメンで仕事が出来て、か。……いるわけないよね、こんな男」
「わかっていますよ。でもだからこそ面白いんでしょう。というか、もう返してください」

急に冷たい口調になったことに驚きつつも、本を返してもらおうと手を伸ばすが背の高い木崎弁護士に届くわけがない。それにイライラする。
まさか、いくらただの顔見知りとはいえ、自分の趣味をこうして見られるなんて気恥ずかしくてたまらないのだ。

「こんなのを読んで女はキュンキュンするのかねぇ。……くだらない」

雑な口調で馬鹿にしたように呆れたように呟く木崎弁護士にカチンと来て、奪うように本を取り返した。

なんなのだ、この人は。ほぼ初対面の人間に失礼ではないだろうか。
一体なにがわかるというのだ。
というか、さっきまでの爽やかな雰囲気が一瞬にして消えた気がするけど、まさかこれが素なのだろうか?
なんだか意地悪な感じがする。
まぁ、どちらにせよ、私には関係ない。

「くだらなくて結構です! これは今の私には大事なことなんです」
「大事なこと? これが?」

木崎弁護士は不思議そうに首を傾げた。

「ほっといてください。私がどんな本を読もうが木崎先生には関係ないでしょう」
「まぁな」

確かにそうだ、と言うように頷く木崎弁護士に「では失礼します」と本を奪い返してレジに向かった。

なんだ、あの男は。
優秀な弁護士先生だかなんだか知らないけれど、ほぼ初対面の相手に結構失礼ではないか。
私がどんな漫画を読もうが木崎弁護士には関係ないのに、あんなにバカにしたような言い方して。
こういう本の面白さがわからないなら、余計なことを言わずに黙っていてほしい。
楽しんで読んでいる人がいるのに、笑うことはないだろう。
どうせ木崎弁護士なんて、よくいうリア充ってやつでしょう。私のような人間の気持ちなんて理解できるはずないんだから、そんな人間にとやかく言われたくない。

その日は、いくら漫画を読んでいても木崎弁護士を思い出してはイライラとしてしまい内容が頭に入ってこなかった。








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