恋のレッスンは甘い手ほどき
「えっと……」
まさか野上さんからそんなこと言われるなんて思いもしなかったから、言葉が出てこない。
そんなそぶり、見せたことなんてなかったじゃない。
「あ~、いいよ。そんな顔しないで。言ってみただけだから」
私の反応を見て、野上さんは苦笑しながらそう言った。
「すみません……」
「いいって」
それから野上さんは何事もなかったように振る舞ってくれた。
でも、こっちはどうしたらいいかわからないよ。
本気で言ったの? それともお酒の勢い? 貴也さんとライバルだから奪ってみせよう的な?
混乱して、ついお酒の量が増えてしまった。
帰り際にはだいぶ酔ってしまった。
「ちょっと、大丈夫? しっかり歩きなよ」
野上さんがタクシーから私を引っ張り出してくれる。
去っていくタクシーを見て、いつお店を出てタクシーに乗って支払いしたのか思い出せなかった。
「あの、野上さん。お金~……」
「そんなの良いから、歩ける? 部屋まで送ろうか」
野上さんが背中を支えてくれる。
「ここでいいです~。一人で部屋まで行けます」
「本当かよ」
野上さんがため息をついた時、「あ」と小さく声を出した。
視線の先を見ると、貴也さんが立っている。仕事帰りで駅から歩いてきたようだ。
「貴也さん……。お帰りなさい、今日は車じゃなかったんですね」
「ずいぶんと酔っているな」
フッと笑われる。
そして私の腕を掴んだ。
「送ってくれたのか、悪かったな」
「ああ」
「ほら、行くぞ」
貴也さんはエントランスへ私を促す。野上さんにはお礼を言って、その後を追いかけた。
「野上と飲んでいたのか」
エレベーターに乗り込んで、そう言われる。微かな揺れが気持ち悪くなりそう。
「ご飯を奢る約束をしていたんです。でも奢られちゃいました」
「そのまま付き合えばいい」
貴也さんの冷たい声に、ハッと顔を上げる。
「付き合いません」
「遠慮しなくていい」
「本当です」
エレベーターを降りて部屋に向かう背中を追いかける。また誤解されている。
玄関で追いつき、その腕に手をかけた。
「貴也さん、聞いてください」
「俺、アメリカへ行くの早まったから」
「え……」
私の言葉を遮るようにそう言われた。
今、何ていった?
「春に行くはずだったアメリカ。来月に変更になった」
「来月……」
「だから恋人契約ももう終わりだ。ちょうど良かったな」
「ま、待ってください! 急にそんなこと言われても」
慌てて追いかけるが、貴也さんは部屋に入って扉を閉めてしまった。
そんな、嘘でしょう。
恋人契約が終わるなんて、そんなの急すぎる。
もう一緒にはいられないの?
残りの期間、楽しくいい思い出を作ろうと思っていたのにどうしてこんなことになってしまったんだろう。
酔いが残っている頭は上手く回ってくれない。
ただ、涙がボロボロと零れてきただけだった。