恋のレッスンは甘い手ほどき


マンションの玄関をそっと開ける。
中は薄暗く、まだ貴也さんが帰宅した気配はなかった。

「よし、今のうちに」

貴也さんは年末年始とアメリカへ行く前の引継ぎで忙しいはずだ。
今日だって帰りは遅いだろう。
すぐに部屋に入って荷物を整える。
と言っても、私の物は前のアパートが水浸しになった時にだいぶ処分して整理したので物は比較的少なかった。持ち切れない荷物は一階のコンシェルジュに宅配で実家に届けてもらうよう手配する。
これで与えられた部屋はすっきりとした。
リビングへ行くと、部屋は少し汚れているものの、特に引っ越しの準備をしている風には見えなかった。

「引っ越し業者にお願いするのかな。貴也さんは忙しいから片づける暇なんてないもんね」

ソファーに放り出されたシャツを手に取った。
ご飯はちゃんと食べているのかな。栄養取れているのかな。また適当に食べたり食べなかったりして、無理して倒れなきゃいいけど……。
心配になって冷蔵庫を開けると、案の定、ほとんど物が入っていなかった。
ビールと栄養ドリンク、私が残して行った手つかずであろう調味料類。それくらいだ。

「少しならいいよね」

私はそのまま近所のスーパーで買い物をして、貴也さんが簡単に食べられそうな夕食を作っておいた。
それをメモとともに冷蔵庫へ入れておく。保存がきくから、もし今日食べれなくても明日食べてもらえればいい。

余計なことだったかなとは思ったが、貴也さんの身体が心配だ。
軽く片づけをして荷物を持って玄関へ行く。

「もうここに来ることもなくなるんだね」

貴也さんに半強制的に連れられてきた部屋。
同棲ではなく同居だと言われてホッとしていた。
ときめきの練習もしてくれて、貴也さんにドキドキして……。
初めて、貴也さんとキスをした。

そっと唇に触れる。
あの時、貴也さんはどういう気持ちでキスしたんだろう。
思い出すと胸がギュッと締め付けられるように痛い。なのに、貴也さんを思い出すとときめくんだ。
貴也さんにときめくのに苦しい。

「こんな終わり方、想像していなかったな……」

小さく呟いて、部屋を出た。
鍵はコンシェルジュに預ける。
もう、二度と部屋に入ることもない。
もう本当に関わりがなくなるんだなと思った。






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