恋のレッスンは甘い手ほどき
翌日。
今日の午後、貴也さんは飛行機に乗る。
朝からそのことで頭がいっぱいになり何も手に着かない。今日が土曜日で良かった。こんな状態で仕事なんかできなかった。
もし、最後に話をするなら今が最後だ。でも……。
「何を話せって言うのよ……」
そもそも電話をかけたところで無視されるかもしれないのに。
悶々とした気持ちでテーブルの水を飲み干す。
「食後の紅茶をお持ちしましょうか」
そう声をかけられて、私は顔を上げた。
そこには気づかわし気な笑顔で、優也さんが立っていた。
ここは優也さんのお店。ランチを食べにやってきたのだ。
「ありがとうございます」
そう言おうとして口を開くがすかさず言葉は遮られた。
「そんなに悩む顔するくらいなら、会いに行くなり電話するなりすればいいでしょう」
つんけんした言い方で最後には「はぁあ」ため息をつかれる。
「あの……、どうしてここに座ってるんですか、茉莉さん」
ため息をつきたいのはこっちだと思いながら、目の前にいる人を見つめる。
ランチを済ませた私の目の前には何故か茉莉さんが不機嫌そうに座っていた。
「あなたこそどうしてわざわざ優ちゃんのお店でご飯食べているのかしら。あわよくば、貴ちゃんに会えるとでも思っているんじゃないの」
そう指摘されて、ドキッとした。
そういう思いは少なからずあった。もしかしたらアメリカへ行く前に立ち寄ったりしないか、と。
少しでも顔が見れるかも、偶然会ってしまうかも。
そういう思いが捨てきれず、だからわざわざここへ足を運んだ。
でもそれは叶わなかったが。
まさか貴也さんじゃなくて茉莉さんに会うとは思わなかったけどね。
「別れたんならサッパリ忘れなさいよ」
「言われたくないです」
小さく呟きながら反論すると、睨まれてしまった。
「兄貴は来なさそうだね。鈴音さんはゆっくりしていって」
と優也さんは奥へ戻ってしまった。
なのに茉莉さんは目の前に居座り続ける。
ゆっくりしにくいなぁ……。
「あなたのせいで上司に注意されたわ。あれこれ人の個人情報を周りに吹き込むのはやめなさい、プライベートを仕事に持ち込むのは控えなさいって」
「そうですか」
野上さんがコンプライアンスに話したことで、上司から厳重注意されたのだろう。
「悪かったわね」
「え……」
「なによ、ハトが豆鉄砲食らったような顔しないでよ」
「まさか謝られるなんて思わなかったので」
素直に非を認めるなんて意外過ぎた。絶対に謝らないタイプだと思っていた。
「ちょっとムキになっていたわ。貴ちゃんが、珍しく特別扱いしている女を連れているから面白くなくて……」
「別に特別扱いは……」
「されていたのよ。あのプレイボーイがあなただけには違ったもの。私にはわかるの。だからとってもムカついた。意地悪したくなった。でもやり方は大人げなかったわ」
言い方も顔も謝っている風には見えないが、彼女なりの精いっぱいの謝罪なのだろう。
「いえ……。もういいです。それに、私はもう貴也さんとは関係ありませんから」
「それなんだけど」
茉莉さんは人差し指をピッと私に向けて指を指してきた。
「こんなところで悶々としているなら行動しなさいよ。本当にアメリカへ行っちゃうわよ」
「……今さらですよ。何を言えばいいんですか」
「はぁ!? そんな事決まっているでしょう。思っていること言えばいいのよ」
馬鹿じゃないのと言いたげな言い方だ。