恋のレッスンは甘い手ほどき
「そんな簡単に言わないで下さいよ……」
「言うわよ。私言えたもの」
「え……?」
どういうことかと首を傾げると、茉莉さんは少し涙目になった。
「私はちゃんと、貴ちゃんに好きって言ったわ。振られたけどね」
茉莉さんは悔しそうに唇を噛んだ。
告白したんだ。本当に貴也さんが好きだったのね。
「幼馴染でずっと大切にされていると自信があった。貴ちゃんがいろんな女の人と遊んでも、本気じゃないってわかっていたから別に平気だった。でもあなたが現れて、本当に焦りを感じたわ。だって貴ちゃんがいつもと違うんだもの……。でも結果は、私はいつまでたっても貴ちゃんの妹なのよ」
その顔はとても寂しそうに見えた。
いつまでも妹ポジションから抜け出ないのはつらいよね。
女として見てもらえないんだ。
「あなたが羨ましかった。なのに簡単に別れるなんて! しかもあなたはここでウジウジウジウジ!」
茉莉さんはドンッとテーブルを叩く。
「そのモヤモヤを吐き出しちゃえばいいでしょう!」
鼻息荒い茉莉さんを優也さんが苦笑しながらなだめる。
「兄貴は去る者は追わないタイプだよ。今までがそうだった。でも今回はどうかな。兄貴がここに連れて来た女の人は鈴音さんが初めてだよ」
私が初めて……。
そういえば、貴也さんがお気に入りのおでん屋さんに連れて行ってくれたのも私が初めてだって言ってたな。
スカートの上に置いた手をキュッと握りしめる。
……あぁ、いやだ。また逃げ癖が顔を出す。
今さら貴也さんの誤解を解いたところで、発展する見込みはないのでは?
面と向かって振られるだけなら、何も言わずにこのままが良い。
さらに自分から傷つくことはない。
もともと、貴也さんがアメリカへ行くまでの契約だったんだし、私の気持ちを言われた所で迷惑なのではないか……。
でも……。
でも、このままずっと後悔していたくはない。
せめて、私が野上さんが好きだという変な誤解は解いておきたい。
「私、行ってきます」
意を決して立ち上がると、優也さんが力強く頷いてくれた。
店を出て、すぐに貴也さんに電話をかけた。
でも呼び出し中のままつながらない。
時間はお昼過ぎだから、もしかしたらもう空港に行っているのかもしれなかった。
「どうしよう……、あっ」
この人ならわかるかもしれない。
「野上さん、貴也さんの飛行機の便って何時か教えてください」
電話した相手は野上さん。電話の向こうの野上さんは少し間をあけた後、わざとらしい大きなため息を漏らした。
『それ、振った相手に聞くこと?』
「あ、いや、その……。すみません」
そうだった。でも今頼れるのは野上さんしかいない。
『仕方ないなぁ、ちょっとまって。今ちょうど会社にいるから調べてあげる』
そういって電話の向こうではなにかパソコンをいじる音がする。
『あったよ。15時の便だ』
15時……。もう時間がない、急がなきゃ。
「ありがとうございます」
お礼を言って電話を切ると、タクシーを拾って空港へ向かう。
貴也さんに何度か電話やメールをしているがつながらない。
もしかしたら無視されているのかも……。私なんかとは会いたくないかもしれない。
でも、私は会いたよ。話がしたい。
タクシーと電車を上手く乗り継ぎ、空港に到着できた。
「国際線……」
慣れない空港で迷ってしまう。
キョロキョロとしながらなんとか国際線についた。でもこんな大勢の人の中から貴也さんを見つけるなんて不可能だ。
教えてもらった便を電光掲示板で探す。
「あ……」
貴也さんが乗る飛行機はもう搭乗が終了していた。
肩で荒く息をしながら、呆然と立ち尽くす。
間に合わなかった……。
「あ~あ……」
ガクンと肩を落とすと、ポロポロと涙が零れてきた。
駄目だった。貴也さんに会うことは出来なかった。
電話もメールも無視されて、もう繋がる手段がなくなったんだ。
手元のスマホを見つめる。
もういくらメールしても読んでもらえないかもしれないけれど、最後に私の気持ちだけは伝えたい。
涙で画面が見にくいけれど、野上さんとのことは誤解であること、貴也さんと一緒にいれて嬉しかったこと、そして『あなたが好きでした』そう書いて送信した。
貴也さんからの返信は、なかった。