恋のレッスンは甘い手ほどき
半年後。
「あー、ときめきが欲しいー」
そう言って飲み干したビールのジョッキをテーブルにドンッと置く。
いつもの居酒屋。
目の前に座っている望が呆れたように枝豆を摘まんだ。
「ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「そう? すみませーん、ビールもう一杯」
私は店員にビールのお代わりを注文する。
もう初夏だ。これからの季節は冷たいビールがとてもおいしい。
「また恋愛漫画借りてるの?」
「うん。この前借りた話は良かったよー。キュンキュンした」
「じゃぁ、まだときめきは忘れてないのね」
そう言われて、焼き鳥を食べる手が止まる。
「前はときめきすら忘れていたでしょう。漫画読んでリハビリしていたじゃない」
「でももう忘れ始めているよ」
「あの弁護士とはどうなったの?」
「え?」
あの弁護士と言われてドキンとする。
忘れようと努力した人の姿がちらついた。
しかし望は別の人のことを言っていたらしい。
「鈴音に告白してきたっていう弁護士」
「あ、野上さんのことね。別にどうもなってないよ。春には私も転職したし、もう連絡もとってない」
そう、私は春にあの会社を辞めた。
今は一人暮らしを始めた近くのカフェで調理担当として働いている。
だから、野上さんや茉莉さんがどうしているかわからない。
あと、彼のことも。
「ふぅん。新しい職場にはいい人いないの?」
「いないよ~。みんな既婚者だし」
ふぅとため息が出る。
「いつかきっといい人が見つかるよ」
そう笑う望の左手薬指には指輪が光っていた。
望は先月、電撃結婚をした。学生の頃に長く付き合っていた彼と再会し、あれよあれよと結婚に至ったのだ。
私も学生の頃から知っているが、望の歴代の彼氏の中で一番まともでいい人だった。だからその彼と結婚したのはとても嬉しかった。
幸せそうな望がまぶしくて羨ましい。
指輪か……。
自分の手元に視線を落とす。
半年前までそこで光っていた指輪は今はもうない。
部屋のどこかで眠っている。もちろん、ネックレスも。
捨てることは出来なかった。
持っていることくらいはべつにいいよね……。物に罪はない。