悪役令嬢、乙女ゲームを支配する

 ……お、美味しい。手作り感のある心がほっとする味。

 期待の眼差しを向けるリリーの視線を横から痛いほど感じながら、敢えて私は心を鬼にして言う。
 私は人の目があるところでリリーを甘やかすわけにはいかないのだ。

「フン。大したことないわね」

 私の言葉にあからさまに落ち込むリリー。

 ああ! ほんとはすっごく美味しいのよ! 今まで食べたクッキーで一番美味しい!

 心の中ではそう叫びながら、気づけば無意識に次から次へとクッキーを口に運ぶ私を見て斜め前に座るアルがくすりと笑う。

「その割にたくさん食べてるね。マリア、君は不器用なの?」

 なっ……! しまった。確かに今のだと彼女が作った料理を素直に美味しいと言えないくせにおかわりを要求するツンデレの彼氏みたいだ。

「王子、騙されないで下さい。そういう狙いなんです」

 そういうってどういう狙いだハロルド。寧ろ今のは嫌な女を狙って失敗した例なんですけど。

「ハロルド、こういう場で敬語だと変な感じするからやめてくれないか? 今はこの四人しかいないんだし、もっと肩の荷を下ろしていいんだよ」
「……じゃあ言わせてもらう。この状況で肩の荷が下ろせると思うか? 全くお前はいつも能天気で、何か起きてからじゃ遅いんだぞ」
「何かって何も起きないよ。ここには僕が信頼する人間しかいないからね」
「一人完全に場違いな奴がいるというのに冗談はよせ。アル」

 ……ハロルドがアルにタメ語だし、王子って呼び方もしてない。

「ハロルドってこの城でどういう立ち位置だったっけ」

 思ったことがつい口に出ていた。

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