愛を捧ぐフール【完】
 ファウスト様はびっくりしたように目を見張って、少しだけ視線を私の後ろの方に向ける。1つだけ瞬きして、ファウスト様は苦々しい顔をした。


「……していたよ。ちゃんとね」


 嘘だとバレバレだった。それでも、そう言わなければいけない何かがあるのだろう。


「……そう、ですね。そういえば私、ファウスト様にご挨拶していました」

「……うん。今日はそろそろ帰ることにするよ。クラリーチェの元気な顔を見れてよかった」

「いいえ。いいえ、もう来てはいけません」


 私が首を横に振ると、ファウスト様は碧眼を細める。口元に笑みをはいているが、憂いを帯びていた。


「君はこのままセウェルス伯爵に嫁ぐつもりかい?」

「……はい」

「……そうか」


 前世は祝福された結婚だった。
 誰もが私達を羨んだ。
 私達は幸せになるはずだった。


 今世の私達は男爵令嬢と王太子。お互いに別の婚約者がいる。


 それでいい。


 政略結婚でも、愛されなくても、幸せになれなくてもいい。
 だって、ファウスト様以外と結婚して幸せになれるなんて、最初から期待していないから。
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