愛を捧ぐフール【完】
 そちらの方がよかった。
 手にしたと思った幸せがなくなってしまうより、最初から無かったと諦めていた方が楽だった。


 全部諦めて、目を閉じて、耳を塞いで、見たくないものから永遠に逃げていた方が楽だった。


 そうしてファウスト様への想いに蓋をして、知らない誰かに嫁いで、彼の幸せと栄光を永遠に祈っていたかった。


 醜い自分になるのはもう嫌だった。どうしようもない地位に縛られ続けるのも嫌だった。


 それよりも、私のせいで彼がやつれていくのを見るのが、一番辛かった。


 知らなかったの。
 愛がこんなにも残酷なものだったなんて。


「……僕は君を愛している。前世から。
ーーだから、君に幸せになってほしいと思う。サヴェリオ……フォティオスも同じ事を思うだろう」


 その想いは痛いほど伝わってきた。
 私もファウスト様に対して同じ事を思っている。フォティオスお兄様にも。私の周りにいる人に不幸になって欲しいなんて思わない。


「君は今生きている。前世とは違って健康だ。昔の治らなかった流行病も、今ではもう治療法だって確立されている」


 前世の不幸は抗いようのない地獄だった。
 それがお互い分かっているからこそ、私達の今世での意見は平行線だ。


 私と再び生きようとしている彼と、
 彼の足でまといになりたくない私。
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