愛を捧ぐフール【完】
「テレンティアであったわたくしの産んだ子供が、クリストフォロス陛下の血を引いていようが、引いていまいが、もう全ては終わった事。アルガイオ時代に生きたわたくし達は全員もう既に死んだ亡者なのです。

 ……我が子の次の生に幸が多い事を祈ってはいますが、わたくしはもう過去を引き摺りは致しません。わたくしはビアンカ。それ以外の何者でもない。今の生は今だけのものです」


 背筋を伸ばし、私達を順に栗色の瞳でビアンカは見つめる。


 私、ファウスト様、サヴェリオ様、オリアーナ様、アウレリウス公爵。全員が全員、過去に囚われたまま、今世を生きていた。


「……出来ないです。私には出来ません。私にとって、エレオノラ様はずっと主だし、クリストフォロス様はエレオノラ様の旦那様で、……フォティオス様は夫です」


 フォティオスお兄様の汗をハンカチで拭いながら、イオアンナは悲しげに眉を寄せた。


「記憶がある限り、私はずっとイオアンナであり、オリアーナだわ。エレオノラ様を慕った気持ちも、フォティオス様を愛した気持ちも、私の中では全部無かったことにならない」


 フォティオスお兄様を優しげに見つめながら、イオアンナは苦笑する。


「どうしようもなく気難しいこの人を支えられるのは私だけって、自負してますから」


 私の知らない、長年の絆が見えた気がした。なんとなく、私の死んだ後に結婚した彼らの仲が良好だったと言うのは、本当の事だったんだなと感じる。
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