それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
………
……
薄い雲が夜空を覆い、月も星も隠れてしまった。
ホレスさんの宿の中も真っ暗だ。
しかし私は吸い寄せられるように、ホレスさんが後片付けをしているキッチンへと飛び込んだ。
ホレスさんは食器洗いの手を止めて目を丸くした。
「リアーヌ様!? こんな夜遅くにいかがされたのですか?」
「ごめんなさい、ホレスさん! 今夜ここに泊まっているお客さんに用があるの!」
「お客? ああ、あの無愛想な方ですか……」
ホレスさんが顔を曇らせた。きっとそのお客さんがジェイ様だと気づいていないのだろう。
でもそのことを説明している場合ではない。
私は手を合わせた。
「お願い! その人に会わせて!」
「ええ、まあ……。リアーヌ様に会うかどうかはお客さん次第ですので。2階の角部屋におりますよ」
「ありがとう!」
2階へ続く階段を駆け上っていく。
息が苦しくなるくらいに心臓が大きな音を立てているけど、一段飛ばしにする足は止まらない。
止めるつもりもない。
一度でも立ち止まってしまえば、怖気づいてしまいそうで怖いから。
2階の廊下にでる。
(角の部屋……。あそこだわ!)
不思議なことに目的の部屋のドアだけ浮き上がって見える。
あそこにジェイ様がいる……。
そう考えただけで足がすくみそうな威圧感を感じた。
(迷うな! 恐れるな!)
そう言い聞かせてドアの前まで駆け寄る。
そうして私は荒れる息を整えることなく、勢いよく開いた。
「何者だ!?」
鋭い声が鼓膜を震わせる。
部屋の中は暗闇に覆われ、どこに人がいるか分からない。
でもその声は確かに私の知るジェイ・ターナーその人だった。
私は一度だけ深呼吸した後、ありったけの声を轟かせた。
「突然の無礼、どうか御容赦ください! 私はこの町の領主、リアーヌ・ブルジェと申します!!」
それっきり互いに言葉を発することなく、重い静寂が部屋に漂う。
かつて偶然出くわしたことも、私の名前もすっかり忘れているのかもしれない。
でもそんなことに落ち込んでいる場合ではない。
私は乱れた呼吸を整えながら次に発するべき言葉を考えていた。
すると薄い雲が晴れてきたのだろう。窓からかすかな月の光が差し込んできた。
徐々に黒い影の輪郭がはっきりしてきた。
(やはりジェイ様だ!)
彼は少し離れたところで中腰になって構えている。
片手には短剣が握られ、野生の狼のように目が鋭く光っていた。
そんな切羽詰まった彼など見たことはない。
いつも背筋をピンと伸ばして、威風堂々としている姿しか私は知らない。
それでも彫刻のような美しい顔立ちと、すべてを包み込むような圧倒的な雰囲気は、私の知るジェイ様その人であることを示していた。
遠くでちらりと見かけただけでも高鳴っていた胸が驚くほど静かなのは、私が大人になったからなのか。
それとも憧れを凌駕する使命感にかられているからなのか。
自分でも分からない。
しかし学生だった頃の私のように、ジェイ様を前にしてもふわふわと宙に浮いてしまうような緊張はない。
領主として助けを求めようという覚悟で満ち溢れていた。
そこで私は腹の底から声を張り上げた。
「これより三日後! この町はリーム王国に侵攻されます! だからどうかお助けください!! 『彗星の無双軍師』、ジェイ・ターナー様!!」
ジェイ様は即座に返事を返してこなかった。
私と私の背後に立つマインラートさんをじっと見つめている。
そうしてしばらくしたところで、私たちに敵意がないと分かったのか、手にしていた短剣を机の置いた。
「ふぅ……」
大きなため息をつき、こわばった顔を優しいものに変える。
そして噛んでから含ませるように、ゆったりとした口調で返事をしたのだった。
「悪るいな、お嬢さん。あいにく俺はもう軍人ではない。行く宛もなく彷徨っている旅人さ。だから力にはなれない。帰ってくれないか」
手をひらひらと振って「もうこれ以上、話すことはない」と合図を送ってくる。
でも私はこんなことくらいであっさりと引くような人ではない。
どこまでもあきらめの悪い人間なのだ。
(さあ、これからよ!)
より一層強い気持ちをもって、彼のもとへと近づいていったのだった。
……
薄い雲が夜空を覆い、月も星も隠れてしまった。
ホレスさんの宿の中も真っ暗だ。
しかし私は吸い寄せられるように、ホレスさんが後片付けをしているキッチンへと飛び込んだ。
ホレスさんは食器洗いの手を止めて目を丸くした。
「リアーヌ様!? こんな夜遅くにいかがされたのですか?」
「ごめんなさい、ホレスさん! 今夜ここに泊まっているお客さんに用があるの!」
「お客? ああ、あの無愛想な方ですか……」
ホレスさんが顔を曇らせた。きっとそのお客さんがジェイ様だと気づいていないのだろう。
でもそのことを説明している場合ではない。
私は手を合わせた。
「お願い! その人に会わせて!」
「ええ、まあ……。リアーヌ様に会うかどうかはお客さん次第ですので。2階の角部屋におりますよ」
「ありがとう!」
2階へ続く階段を駆け上っていく。
息が苦しくなるくらいに心臓が大きな音を立てているけど、一段飛ばしにする足は止まらない。
止めるつもりもない。
一度でも立ち止まってしまえば、怖気づいてしまいそうで怖いから。
2階の廊下にでる。
(角の部屋……。あそこだわ!)
不思議なことに目的の部屋のドアだけ浮き上がって見える。
あそこにジェイ様がいる……。
そう考えただけで足がすくみそうな威圧感を感じた。
(迷うな! 恐れるな!)
そう言い聞かせてドアの前まで駆け寄る。
そうして私は荒れる息を整えることなく、勢いよく開いた。
「何者だ!?」
鋭い声が鼓膜を震わせる。
部屋の中は暗闇に覆われ、どこに人がいるか分からない。
でもその声は確かに私の知るジェイ・ターナーその人だった。
私は一度だけ深呼吸した後、ありったけの声を轟かせた。
「突然の無礼、どうか御容赦ください! 私はこの町の領主、リアーヌ・ブルジェと申します!!」
それっきり互いに言葉を発することなく、重い静寂が部屋に漂う。
かつて偶然出くわしたことも、私の名前もすっかり忘れているのかもしれない。
でもそんなことに落ち込んでいる場合ではない。
私は乱れた呼吸を整えながら次に発するべき言葉を考えていた。
すると薄い雲が晴れてきたのだろう。窓からかすかな月の光が差し込んできた。
徐々に黒い影の輪郭がはっきりしてきた。
(やはりジェイ様だ!)
彼は少し離れたところで中腰になって構えている。
片手には短剣が握られ、野生の狼のように目が鋭く光っていた。
そんな切羽詰まった彼など見たことはない。
いつも背筋をピンと伸ばして、威風堂々としている姿しか私は知らない。
それでも彫刻のような美しい顔立ちと、すべてを包み込むような圧倒的な雰囲気は、私の知るジェイ様その人であることを示していた。
遠くでちらりと見かけただけでも高鳴っていた胸が驚くほど静かなのは、私が大人になったからなのか。
それとも憧れを凌駕する使命感にかられているからなのか。
自分でも分からない。
しかし学生だった頃の私のように、ジェイ様を前にしてもふわふわと宙に浮いてしまうような緊張はない。
領主として助けを求めようという覚悟で満ち溢れていた。
そこで私は腹の底から声を張り上げた。
「これより三日後! この町はリーム王国に侵攻されます! だからどうかお助けください!! 『彗星の無双軍師』、ジェイ・ターナー様!!」
ジェイ様は即座に返事を返してこなかった。
私と私の背後に立つマインラートさんをじっと見つめている。
そうしてしばらくしたところで、私たちに敵意がないと分かったのか、手にしていた短剣を机の置いた。
「ふぅ……」
大きなため息をつき、こわばった顔を優しいものに変える。
そして噛んでから含ませるように、ゆったりとした口調で返事をしたのだった。
「悪るいな、お嬢さん。あいにく俺はもう軍人ではない。行く宛もなく彷徨っている旅人さ。だから力にはなれない。帰ってくれないか」
手をひらひらと振って「もうこれ以上、話すことはない」と合図を送ってくる。
でも私はこんなことくらいであっさりと引くような人ではない。
どこまでもあきらめの悪い人間なのだ。
(さあ、これからよ!)
より一層強い気持ちをもって、彼のもとへと近づいていったのだった。