それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
第一章 婚約破棄される貴族令嬢
奇跡の出会い
◇◇
物語は5年前までさかのぼる。
それは私、リアーヌ・ブルジェが15歳だった頃。
この時の私は王立学校に通っていた。
そして放課後に皇女のクロ―ディア・ヴァイス様へ奉公していたの。
『奉公』と言っても、お話し相手になったり、一緒にお菓子を食べたりするのが主なお仕事だったから、『遊びにいく』と言った方が正しいかもしれないわね。
そんなある日のこと。
学校帰りにオープンしたばかりのカフェへ親友のミリアと立ち寄った。
ここのバターたっぷりスコーンと紅茶の組み合わせは、奇跡と言っても言い過ぎじゃないくらいに美味しい。
「リアーヌ。今日はクローディア様のところへ行かなくていいの?」
ミリアがくりっとしたつぶらな目を丸くしている。
私は頬張っていたスコーンを紅茶で流し込んでから答えた。
「ん? 行くよ。でも16時からだから、まだ大丈夫」
私の腕時計はまだ15時を回ったばかり。
カフェからクローディア様がいる王宮までは、たったの15分だ。
しかしミリアは自分の腕時計をぐいっと私に突き付けてきた。
「ええっ!? リアーヌ! その時計遅れてるよ! もう16時の10分前だよ!!」
「ふえっ!?」
「クローディア様に怒られちゃうよ!」
4歳年上のクローディア様は私のことを妹のように慕ってくださっている。
だから私が遅刻してしまっても、笑顔で許してくれるだろう。
でも私自身が遅刻するのは嫌なのだ。
「ごめん! 先行くね!」
「うん! また明日ね!」
私はテーブルの上にお金を置いてから、急いで店を飛び出した。
「クローディア様!」
クローディア様が私のことを妹のように慕ってくださるように、私もクローディア様のことを自分の姉のように慕っている。
うちは私を含めた4人家族で私が長女だから、なおさらお姉様ができた気分で嬉しくてならない。
でも近頃は風邪をこじらせてしまい、ベッドで横になられていることが多いの。
だから余計な心配をかけさせたくないのだ。
(クローディア様! 今行きます!)
取り柄らしい取り柄のない私だけど、足の速さだけには自信がある。
カフェからわずか5分で王宮までたどり着く。駆け足のまま廊下へ入った。
すると背中から響いてきたのはパパの怒声だった。
「こらっ! 廊下を走るんじゃない!」
私は駆け足から早歩きに変えながら、パパに見えないように舌を出した。
(もう! そんなに大きな声ださなくたっていいじゃない!)
パパ……オーウェン・ブルジェは第三皇子のジュスティーノ・ヴァイス殿下の養育係だ。
あんな風に雷を落とされているのかと思うと、ジュスティーノ殿下に同情がわく。
ちなみに私の家は「子爵」といって、貴族の階級では「公爵」「侯爵」「伯爵」に次ぐ4番目の家柄である。
王宮内に屋敷を与えられており、私たちは将来の安泰が約束されていると言っても言い過ぎではない。
もしその安全がおびやかされるとすれば、ヴァイス帝国が隣国のリーム王国に侵略されてしまうことくらいかしら。
(ふふ。でもその心配はないわね)
だってこの国には『英雄』がいるんですもの。
農民の出自でありながら若干20歳にして帝国軍の参謀まで上り詰めた『彗星の無双軍師』。
ひとたび彼が戦場に降り立てば、どんな劣勢でもくつがえしてしまう。
まさに天才軍師! しかも美青年!
その名もジェイ・ターナー様!
この国の女の子で彼の名を知らないのはモグリだわ。
何せ学校にはファンクラブだってあるくらいなんだから。
かくいう私も会員の一人。
でも私たちがジェイ様にお目にかかれるのは、彼が戦場から凱旋してきた時くらいなもの。しかも沿道を埋め尽くす人々に紛れて、遠くから見るしかない。
一度だけ晩餐会で見かけたことがあったけど、彼の周りは常に人だかりで、おしゃべりはおろか近寄ることすらできなかったの。
(はぁ……。いつかお話ししてみたいなぁ)
叶わぬ夢。
でも私は強く信じている。
それはクローディア様から教えてもらった言葉だ。
――あきらめなければ『希望』は『現実』に変わるわ。
だからいつだって「もし偶然出会ったら、何を話そうかしら?」と妄想を膨らませているのだ。
(ところで今はどこの戦場にいらっしゃるんだろう)
彼がどこにいるのか、アルフレド・ヴァイス皇帝陛下とルーン将軍くらいしか知らないって言われてるのは、彼の所在が敵に見つかれば、たちまち暗殺の憂き目にあってしまうかららしい、と弟のヘンリーが教えてくれた。
(でもどこにいたって大活躍してるに違いないわ!)
そんな風に知りもしない戦場に想いを馳せながら、角を曲がろうとしたその時だった――。
――ドンッ!
勢いよく誰かにぶつかってしまったのだ。
「えっ……」
あまりに上の空だったため、一瞬自分の身に何が起こったのか分からない。
それでも視界が天井の方へ移っていくことから、仰向けに倒れていっているのは確かだ。このままだとしこたま頭を床に打ち付けてしまう……。
しかし、その次の瞬間……。
奇跡が起こった――。
「危ない!」
若い男の人の声が聞こえてきた。次の瞬間には強い力でぐいっと体が引っ張られる。
そして気づいた時には、その人に抱きかかえられていたのだ。
「大丈夫かい?」
柔らかい声が耳をくすぐる。
細いけどがっしりした腕と、黒の軍服に覆われたスリムな胸板が目に入ってきた。
不思議な力に吸い寄せられるようにその胸板へしがみつき、恐る恐る相手の顔を見上げる。
その直後に雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。
「あなたは……。ジェイ様!? ジェイ・ターナー大佐!」
物語は5年前までさかのぼる。
それは私、リアーヌ・ブルジェが15歳だった頃。
この時の私は王立学校に通っていた。
そして放課後に皇女のクロ―ディア・ヴァイス様へ奉公していたの。
『奉公』と言っても、お話し相手になったり、一緒にお菓子を食べたりするのが主なお仕事だったから、『遊びにいく』と言った方が正しいかもしれないわね。
そんなある日のこと。
学校帰りにオープンしたばかりのカフェへ親友のミリアと立ち寄った。
ここのバターたっぷりスコーンと紅茶の組み合わせは、奇跡と言っても言い過ぎじゃないくらいに美味しい。
「リアーヌ。今日はクローディア様のところへ行かなくていいの?」
ミリアがくりっとしたつぶらな目を丸くしている。
私は頬張っていたスコーンを紅茶で流し込んでから答えた。
「ん? 行くよ。でも16時からだから、まだ大丈夫」
私の腕時計はまだ15時を回ったばかり。
カフェからクローディア様がいる王宮までは、たったの15分だ。
しかしミリアは自分の腕時計をぐいっと私に突き付けてきた。
「ええっ!? リアーヌ! その時計遅れてるよ! もう16時の10分前だよ!!」
「ふえっ!?」
「クローディア様に怒られちゃうよ!」
4歳年上のクローディア様は私のことを妹のように慕ってくださっている。
だから私が遅刻してしまっても、笑顔で許してくれるだろう。
でも私自身が遅刻するのは嫌なのだ。
「ごめん! 先行くね!」
「うん! また明日ね!」
私はテーブルの上にお金を置いてから、急いで店を飛び出した。
「クローディア様!」
クローディア様が私のことを妹のように慕ってくださるように、私もクローディア様のことを自分の姉のように慕っている。
うちは私を含めた4人家族で私が長女だから、なおさらお姉様ができた気分で嬉しくてならない。
でも近頃は風邪をこじらせてしまい、ベッドで横になられていることが多いの。
だから余計な心配をかけさせたくないのだ。
(クローディア様! 今行きます!)
取り柄らしい取り柄のない私だけど、足の速さだけには自信がある。
カフェからわずか5分で王宮までたどり着く。駆け足のまま廊下へ入った。
すると背中から響いてきたのはパパの怒声だった。
「こらっ! 廊下を走るんじゃない!」
私は駆け足から早歩きに変えながら、パパに見えないように舌を出した。
(もう! そんなに大きな声ださなくたっていいじゃない!)
パパ……オーウェン・ブルジェは第三皇子のジュスティーノ・ヴァイス殿下の養育係だ。
あんな風に雷を落とされているのかと思うと、ジュスティーノ殿下に同情がわく。
ちなみに私の家は「子爵」といって、貴族の階級では「公爵」「侯爵」「伯爵」に次ぐ4番目の家柄である。
王宮内に屋敷を与えられており、私たちは将来の安泰が約束されていると言っても言い過ぎではない。
もしその安全がおびやかされるとすれば、ヴァイス帝国が隣国のリーム王国に侵略されてしまうことくらいかしら。
(ふふ。でもその心配はないわね)
だってこの国には『英雄』がいるんですもの。
農民の出自でありながら若干20歳にして帝国軍の参謀まで上り詰めた『彗星の無双軍師』。
ひとたび彼が戦場に降り立てば、どんな劣勢でもくつがえしてしまう。
まさに天才軍師! しかも美青年!
その名もジェイ・ターナー様!
この国の女の子で彼の名を知らないのはモグリだわ。
何せ学校にはファンクラブだってあるくらいなんだから。
かくいう私も会員の一人。
でも私たちがジェイ様にお目にかかれるのは、彼が戦場から凱旋してきた時くらいなもの。しかも沿道を埋め尽くす人々に紛れて、遠くから見るしかない。
一度だけ晩餐会で見かけたことがあったけど、彼の周りは常に人だかりで、おしゃべりはおろか近寄ることすらできなかったの。
(はぁ……。いつかお話ししてみたいなぁ)
叶わぬ夢。
でも私は強く信じている。
それはクローディア様から教えてもらった言葉だ。
――あきらめなければ『希望』は『現実』に変わるわ。
だからいつだって「もし偶然出会ったら、何を話そうかしら?」と妄想を膨らませているのだ。
(ところで今はどこの戦場にいらっしゃるんだろう)
彼がどこにいるのか、アルフレド・ヴァイス皇帝陛下とルーン将軍くらいしか知らないって言われてるのは、彼の所在が敵に見つかれば、たちまち暗殺の憂き目にあってしまうかららしい、と弟のヘンリーが教えてくれた。
(でもどこにいたって大活躍してるに違いないわ!)
そんな風に知りもしない戦場に想いを馳せながら、角を曲がろうとしたその時だった――。
――ドンッ!
勢いよく誰かにぶつかってしまったのだ。
「えっ……」
あまりに上の空だったため、一瞬自分の身に何が起こったのか分からない。
それでも視界が天井の方へ移っていくことから、仰向けに倒れていっているのは確かだ。このままだとしこたま頭を床に打ち付けてしまう……。
しかし、その次の瞬間……。
奇跡が起こった――。
「危ない!」
若い男の人の声が聞こえてきた。次の瞬間には強い力でぐいっと体が引っ張られる。
そして気づいた時には、その人に抱きかかえられていたのだ。
「大丈夫かい?」
柔らかい声が耳をくすぐる。
細いけどがっしりした腕と、黒の軍服に覆われたスリムな胸板が目に入ってきた。
不思議な力に吸い寄せられるようにその胸板へしがみつき、恐る恐る相手の顔を見上げる。
その直後に雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。
「あなたは……。ジェイ様!? ジェイ・ターナー大佐!」