それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~

「わははははははっ!!」

 まるで堰を切ったかのように笑い声を爆発させているジェイ様を目の前にして、私は何が起こったのか理解できず、ただ目を丸くしていた。
 ジェイ様の様子はどこか吹っ切れたようだ。
 
「わはははははっ! そうか! 俺は負けたのか! わははははっ!」

(負け? 何のことだろう?)

 そう不思議に思っているうちに、ジェイ様は笑いを止めて穏やかな微笑に変えた。
 それはまるで亡き恋人のクローディア様と見つめ合っている時のように大人びている。
 そしてしばらくした後、滑らかな所作で私の前にひざまずいた。
 私の胸の鼓動が高鳴っていく……。
 彼は私を見上げた。
 それまでとは全く異なる瞳の色……。
 とても透き通っている。
 その瞳に負けないくらいに透明な声色で彼は高らかと告げてきたのだった――。
 
「これまでの数々の非礼。本来ならば死んで詫びねばなりません。しかしもし許されるなら、この命、貴公とこの町の民のために捧げることを誓いましょう!」

 彼が頭を下げると同時に、まるで背中に羽がはえたような浮遊感に包まれる。
 でも不思議なことに、想像をはるかに超える喜びはかえって私を冷静にしてくれた。
 私は彼に手を差し伸べた。
 
「許すも何も、無礼を謝らねばならないのは私の方です。頭を下げねばならないのは私の方です。身勝手な私をどうかお許しください」

 ジェイ様が顔を上げる。
 私と彼は目を見合わせた。
 まるでキスをしていた時と同じような温もりが瞳を通じて流れ込んでくる。
 とてもロマンチックな雰囲気。
 自然と頬が赤く染まっていくのを感じていた。
 
「ふふっ」

 ジェイ様が目を細めて笑いをこぼした。
 明らかに笑うような場面ではないのにおかしい。
 すると彼の視線が私の髪にあるのに気付いた。
 左側だけ短くて、アンバランスだと自分でも思う。
 口元を押えながら必死に笑いをこらえているジェイ様に対して、私はぷいっと顔をそむけた。

「もうっ! 仕方ないじゃありませんか。そんなに笑わないでください」

 そんな私の様子がおかしかったのか、ジェイ様がついに大きな声で笑い始める。
 私はちらりと彼の顔を見た。
 屈託のない純真な笑顔。
 
(こんな表情もするんだ)

 今日何度目かの新しい発見に驚きを禁じ得ない。

(でもすごく嬉しい)

 そう素直に思えた。
 私がこれまで知っていたジェイ様は、帝国軍の参謀という着飾られた人であった。
 あまりにも完璧で、隙のない、完成された芸術品のようで、とても『人』とは思えない輝きを放っていた。
 しかし今、私の不揃いの髪を見て無邪気に笑う彼は、どこにでもいそうな青年そのもの。
 悩んだり、悲しんだり、喜んだり、怒ったり……。
 色んな表情を持つ『人』なのだ。
 これまで手の届かないほどに遠い存在だった彼が、とても身近に感じられることができて嬉しい。
 私は顔を元の位置に戻すと、自然とこみ上げてきた笑みをそのままに、彼に手を差し伸べた。
 彼がその手を優しく取る。
 伝わってきた情熱が私の胸を躍らせた。
 
「俺はここに誓います。希望が現実に変わるまで、貴公とともにあることを」

 こうして1つ目の奇跡が幕を開けた。
 それでもまだ大ピンチなのは変わらない。
 しかし私は目の当たりにすることになるのだ。
 
 『彗星の無双軍師』が起こす奇跡を――。
 
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