それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~

「負けるしかない、ってどういうこと!?」

 驚きのあまりに隠れていることも忘れてしまったわ!
 大声を出してしまった私に三人の視線が私に集まる。
 
「姉さん? なんでそんなところで隠れているの?」
 
「そんなのどうでもいいでしょ! ジェイ! 負けるしかないって意味を教えてよ!」

 私はずんずんと大股で三人に近寄っていくと、ジェイに詰め寄った。

「きちんと説明してくれなきゃ困ります!」

 しかしジェイは何食わぬ顔をしたまま、穏やかな口調で返してきた。

「まあ、まだ時間はある。今はしっかり休んで、体調を整えるんだ。ところでオレンジティーは美味しかったかい?」

「ええ、とっても美味しかったわ。爽やかなオレンジの酸味と甘味が口いっぱいに広がって、身も心も爽快に……。って今は、そんなことはどうでもいいんです! あと2日しかないんですよ! まだ時間はあるって、おかしいじゃありませんか!」

 私はさらに一歩踏み込んで彼をにらみつける。
 しかし彼の表情はまったく変わらない。さっきのオレンジティーのように爽やかな笑顔のままだ。
 
(人を小馬鹿にしてぇ!)

 そうして私がさらに何かを言おうとしたその時。
 ジェイの顔が急接近してきたのである。
 
(え?)

 とっさのことに言葉もでなければ身動きすら取れない。
 私の脳裏によぎったのは昨晩のキス……。
 
(もしかして私の口をふさぐために……。そんなのダメ!)

 心とは裏腹に、何かを期待して胸が高鳴っていく――。
 そして……。
 
――トン。

「ふえ?」

 それはキスではなかった。
 ジェイが自分のおでこを私のおでこにくっつけてきたのだ。
 
「熱くなりすぎるな」

 耳元でささやかれる低い声。

「へっ?」

 情けない声しか出せるはずもなく、私は固まってしまった。
 その間も心地よい春の風のような声が鼓膜を震わせていった。
 
「領主たるもの。いつでも冷静でなくてはならない。分かるね?」

「う、うん」

「よし! もう大丈夫だな」

 おでこをくっつけたままジェイがニコリと微笑む。
 間近にあるその笑顔に胸のドキドキは強まる一方だ。
 目と目が合う……。
 数年前までは遠くからしか見ることができなかったその瞳が、小指くらいしか離れていないところにあるなんて……。
 
(ドキドキしすぎて心臓が飛び出しそう……!)

 幸せな浮遊感にひたっていたところで、ジェイの声が聞こえてきた。
 
「あれ? おかしいな。もう体温が下がってもいい頃なんだが……。なんだかますます熱くなっているようだ」

 不思議そうにしているジェイに対して、口を開いたのはヘンリーだった。
 
「ジェイはなんにも分かってないな。姉さんの体温を下げたいなら、今すぐ姉さんから離れることだ」

(こらっ! ヘンリー! 余計なことは言わなくていいの!)

 ……と言えるはずもない。
 すると無情にもジェイは私から離れてしまった。
 開けた視界に入ってきたのはヘンリーのニタニタした嫌らしい笑顔。
 彼は私を見ながらこう締めくくったのだった。
 
「そして最後にこう言うんだ。『俺のことは忘れて、早く寝なさい』ってね」

 と……。
 こうして私はしばらくの間、自分の部屋のベッドで休むことになったのだった。
 



 
 

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