それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
………
……
私が寝ている間もどうやら『負けるための準備』は進められていたらしい。
目を覚ました昼過ぎには、領主の館は町の人々でごった返していた。みんな藁を両手いっぱいに抱えているのだけど、なぜだろう……?
そんな風に不思議に思いながら、うろうろしていると、
「やあ、ご領主様」
食堂の近くでクリオさんに声をかけられた。
彼は藁ではなくお酒の入った瓶をたくさん抱えている。
「そんな大量のお酒をどうして持ってきたのですか?」
彼を手伝おうと手を差し伸べる。しかし彼は首を横に振った。
「あ、大丈夫ですよ。実はジェイ様に頼まれましてね。ありったけの酒を館に運んで欲しいって」
「まあ、そうだったの!」
誰がそんなにお酒を飲むのだろう、と首をひねらせていると、クリオさんが何かを思い出したかのように目を大きくした。
「そう言えば、ジェイ様にご領主様をお見かけしたら申し伝えるように伝言をお預かりしておりましてね」
「ジェイから?」
(いったい何かしら? もしかして二人きりでゆっくりとオレンジティーを飲みたいとか!)
風船みたいに妄想は大きく膨らんでいく。
でもクリオさんの言葉はまるで針のように、甘い妄想の風船をひと突きで割ったのだった。
「遺書を書いて欲しい、とのことですよ」
………
……
私は駆け足でジェイのいる作戦室に向かった。
自分でも怖い顔をしていたと思う。
人々は私の姿を一目見るなり、ぎょっとして道を開けてくれた。
――バンッ!
目いっぱい大きな音を立ててドアを開ける。
「いったいどういうつもりですか!?」
ヘンリーとマインラートさんが私の剣幕に驚いて口を半開きにしている。
しかし彼らの反応など目もくれず、椅子に座って町の見取り図とにらめっこしているジェイに詰め寄った。
「私に遺書を書けってことは、私に死んで欲しいってことですか!?」
早口でまくし立てた私に対して、ゆっくりと視線を上げたジェイはニコリとほほ笑んだ。
その眩しい笑顔にズキンと胸が音を立てる。
(ずるいっ! そんな笑みを向けられたら怒りたくても怒れないじゃない!)
私が口をつぐんだと見るや、ジェイはゆっくりとした口調で言った。
「俺はリアーヌを守ると約束した。それはたとえ俺の身に何があろうとも守るつもりだ」
何度聞いても胸がきゅっとなる言葉だ。
思わず「うん、分かった」と納得しそうになるのをこらえながら問いかけた。
「じゃ、じゃあ、なんで私が遺書を書かないといけないの?」
ジェイが静かにまばたきをした。
長いまつげがひらひらと上下するのを見入っていると、彼は噛んで含ませるように答えた。
「戦場の兵は死んだ者は追わない。なぜなら死体を見つけても手柄にならないからだ。だから生きている敵だけを追うものだ」
「ど、どういうこと……?」
今度は私が二度、三度とまばたきをする。
その様子に口を挟んだのはヘンリーだった。
「あー、もう! 姉さんは鈍いなぁ! これだからいつまでたってもカレシの一人も作れないんだよ!」
「なっ……! ヘンリー! なんてこと言うの!! 言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ!」
「だぁかぁらぁ! 姉さんを『死んだことにする』ってことだろ!」
「私を……死んだことにする?」
いまいちピンとこない私に対して、マインラートさんが丁寧に解説してくれたのだった。
「リアーヌ様は自ら命を絶ったということにして、町の若い女たちとともに『開かずの監獄塔』にて身を潜めていただきます。遺書とこちらの髪はそのためのカモフラージュでございます」
「へっ……? 髪?」
「昨晩、ヘンリー様が切ったリアーヌ様の髪です」
マインラートさんがブロンドの髪の束を机の上にのせる。
その隣にジェイが白紙とペンを置いた。
「井戸のそばに遺書と髪を置く。さらに家畜のブタの血を周辺にまき散らしておく。そうすれば誰が見ても、自分でナイフを胸に突き刺した後、井戸の中へ身を投げたと思うだろう」
「なるほど! そういうことだったのね!」
暗い森の中から抜け出して、ぱっと視界が開けたかのように頭の中が明るくなる。
でも同時に浮かんできたのは一つの疑問だった。
「でも、そうなると敵兵が井戸のそばまでやってくるってことよね?」
その問いかけにジェイがニヤリと口角を上げた。
そして彼は机に手を置いてぐっと身を乗り出しながら言った。
「死んだことにするのはリアーヌだけじゃない。ヘイスターの町ごと死んだことにするのさ」
と……。
これがジェイの起こす奇跡のはじまりだった――。
……
私が寝ている間もどうやら『負けるための準備』は進められていたらしい。
目を覚ました昼過ぎには、領主の館は町の人々でごった返していた。みんな藁を両手いっぱいに抱えているのだけど、なぜだろう……?
そんな風に不思議に思いながら、うろうろしていると、
「やあ、ご領主様」
食堂の近くでクリオさんに声をかけられた。
彼は藁ではなくお酒の入った瓶をたくさん抱えている。
「そんな大量のお酒をどうして持ってきたのですか?」
彼を手伝おうと手を差し伸べる。しかし彼は首を横に振った。
「あ、大丈夫ですよ。実はジェイ様に頼まれましてね。ありったけの酒を館に運んで欲しいって」
「まあ、そうだったの!」
誰がそんなにお酒を飲むのだろう、と首をひねらせていると、クリオさんが何かを思い出したかのように目を大きくした。
「そう言えば、ジェイ様にご領主様をお見かけしたら申し伝えるように伝言をお預かりしておりましてね」
「ジェイから?」
(いったい何かしら? もしかして二人きりでゆっくりとオレンジティーを飲みたいとか!)
風船みたいに妄想は大きく膨らんでいく。
でもクリオさんの言葉はまるで針のように、甘い妄想の風船をひと突きで割ったのだった。
「遺書を書いて欲しい、とのことですよ」
………
……
私は駆け足でジェイのいる作戦室に向かった。
自分でも怖い顔をしていたと思う。
人々は私の姿を一目見るなり、ぎょっとして道を開けてくれた。
――バンッ!
目いっぱい大きな音を立ててドアを開ける。
「いったいどういうつもりですか!?」
ヘンリーとマインラートさんが私の剣幕に驚いて口を半開きにしている。
しかし彼らの反応など目もくれず、椅子に座って町の見取り図とにらめっこしているジェイに詰め寄った。
「私に遺書を書けってことは、私に死んで欲しいってことですか!?」
早口でまくし立てた私に対して、ゆっくりと視線を上げたジェイはニコリとほほ笑んだ。
その眩しい笑顔にズキンと胸が音を立てる。
(ずるいっ! そんな笑みを向けられたら怒りたくても怒れないじゃない!)
私が口をつぐんだと見るや、ジェイはゆっくりとした口調で言った。
「俺はリアーヌを守ると約束した。それはたとえ俺の身に何があろうとも守るつもりだ」
何度聞いても胸がきゅっとなる言葉だ。
思わず「うん、分かった」と納得しそうになるのをこらえながら問いかけた。
「じゃ、じゃあ、なんで私が遺書を書かないといけないの?」
ジェイが静かにまばたきをした。
長いまつげがひらひらと上下するのを見入っていると、彼は噛んで含ませるように答えた。
「戦場の兵は死んだ者は追わない。なぜなら死体を見つけても手柄にならないからだ。だから生きている敵だけを追うものだ」
「ど、どういうこと……?」
今度は私が二度、三度とまばたきをする。
その様子に口を挟んだのはヘンリーだった。
「あー、もう! 姉さんは鈍いなぁ! これだからいつまでたってもカレシの一人も作れないんだよ!」
「なっ……! ヘンリー! なんてこと言うの!! 言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ!」
「だぁかぁらぁ! 姉さんを『死んだことにする』ってことだろ!」
「私を……死んだことにする?」
いまいちピンとこない私に対して、マインラートさんが丁寧に解説してくれたのだった。
「リアーヌ様は自ら命を絶ったということにして、町の若い女たちとともに『開かずの監獄塔』にて身を潜めていただきます。遺書とこちらの髪はそのためのカモフラージュでございます」
「へっ……? 髪?」
「昨晩、ヘンリー様が切ったリアーヌ様の髪です」
マインラートさんがブロンドの髪の束を机の上にのせる。
その隣にジェイが白紙とペンを置いた。
「井戸のそばに遺書と髪を置く。さらに家畜のブタの血を周辺にまき散らしておく。そうすれば誰が見ても、自分でナイフを胸に突き刺した後、井戸の中へ身を投げたと思うだろう」
「なるほど! そういうことだったのね!」
暗い森の中から抜け出して、ぱっと視界が開けたかのように頭の中が明るくなる。
でも同時に浮かんできたのは一つの疑問だった。
「でも、そうなると敵兵が井戸のそばまでやってくるってことよね?」
その問いかけにジェイがニヤリと口角を上げた。
そして彼は机に手を置いてぐっと身を乗り出しながら言った。
「死んだことにするのはリアーヌだけじゃない。ヘイスターの町ごと死んだことにするのさ」
と……。
これがジェイの起こす奇跡のはじまりだった――。