それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
◇◇

 夜が明けて、朝日が地平線から完全に顔を出した。
 これが合図で戦争は始まる。
 その頃、私、リアーヌ・ブルジェは監獄塔の中で息をひそめていた。
 理由も分からない寒気が背筋を走ると、思わず身震いしてしまった。まるで誰かに変な噂をされたみたい……。
 
「どうしたんだよ。姉さん。怖くなったのか?」

「いや……。怖くはないわ」

 だってジェイが「リアーヌのことは俺が守る」って約束してくれたんだもの。
 ……なんて恥ずかしいことは言えず、私は口を結んだ。
 ジェイからは「声が外に漏れないように」と強く言いつけられている。
 ここにいる数十人の若い女性たちもまた、ひっそりとしていた。
 館で働いているマーガレットの姿もまたその一人だ。彼女は口に手を当てながら声を出さないようにしている。
 しかし一人だけ、ジェイの言いつけを守らない者がいたのだ。
 
「へんっ! なんだよ。どうせまたジェイが守ってくれるから、なんて甘いことでも考えてるんだろ?」

 ヘンリーだ……。

「しっ! もう静かにしなさい!」

 私が小声でたしなめても彼はへそを曲げたまま。
 
「なんで俺がこんなところにいなきゃなんねえんだよ!」

 と文句を垂れている。
 それも仕方ないかもしれない。
 ジェイの立てた作戦のために、マインラートさんをはじめとして、他の男たちは領主の館の近くで待機している。
 しかしヘンリーに対して、ジェイはこう言いつけたのだ。
 
――ヘンリー殿には監獄塔にて控えていただきます。御身に万が一のことがあってはなりません。それに若い女性たちを守るお役目は、町で最も人気のあるヘンリー殿がつとめるのが最適でしょうから。

 と……。
 血気盛んなヘンリーは猛烈に反対した。
 でもジェイが彼の要求を聞き入れるはずもなく、今日を迎えたというわけだ。
 
「へんっ! みんなして俺を馬鹿にしやがって……。今に見てろよ……」

 ぶつぶつと独り言を漏らすヘンリー。
 とうてい納得などしていないに違いない。
 
(はぁ……。変な気を起こさなきゃいいんだけど……)

 そうため息をついた直後だった。
 
「勝ったぞぉぉ!! 領主は死亡、ヘイスターは降伏! 我らの勝利だぁ!!」

「おおおおっ!!」

 町の入り口の方から、男たちの歓声が聞こえてきた。
 声をあげたのは言うまでもなくリーム王国の兵たちだ。
 つまりこの瞬間、ヘイスターの町はリーム王国の軍勢に敗北した。
 
 しかし監獄塔の中は悲観に包まれることはなかった。
 なぜならみんな、既にリーム王国の兵たちが『彗星の無双軍師』の術中にはまったことを理解していたからだ。
 もし作戦通りに進んでいたならば、彼らの中にすでにジェイが紛れこんでいるはずだ。
 そして館の周辺で息をひそめる男たちは、今か今かと待ちわびているのである。

 逆襲の時を――。

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