それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
 柔らかそうな黒髪、高い知性を映した透き通った瞳、整った美しい顔立ち……。
 
(間違いない! 憧れのジェイ様だ!)

 私がさも知り合いのように名前を呼んだためか、彼は目を丸くした。
 
「あれ? 俺は貴女とどこかでお会いしていたかな?」

「い、いえ! 顔を合わせたことはありません! いや、夢の中では何度もお会いしたことがあると言いますか……」

「夢の中?」

(まずい! 思ってたことがつい口に出ちゃった!)

「い、いえ! こっちの話です! 気になされないでください!!」

「そうでしたか。……ところで、そろそろいいかな?」

「へっ?」

 ジェイ様のかすかに困ったような顔に、一瞬なんのことだか分からずに目が点になる。
 しかし彼が落とした視線をたどると、がっしりと彼に抱きつく自分の腕が目に入ったのだ。
 
「うあああ! ご、ごめんなさい!!」

 慌てて彼から離れた私は、懸命に頭を下げた。
 その一方でもう一人の自分が心の中で私を責める。

(なんて無礼なことをしちゃったの! 私のバカ!)

 涙が出るくらいに恥ずかしくてたまらなかったけど、こんなところで泣き出したらそれこそ変人だ。
 私は必死に涙をこらえながら頭を下げ続けた。
 
 すると……。
 思いもよらないことが起こった。
 
――ポンッ。

 右の肩に優しく手が乗せられる。
 
「え?」

 思わず顔を上げると、間近にジェイ様の顔が……。
 そして彼は春の陽ざしのような柔らかな微笑みを浮かべたのだった。
 
「頭をお上げください。謝らねばならぬのは、俺の方なのですから」

「え、え?」

「元は俺が考え事をしながら角を曲がったのが悪かったのです。貴女が謝る筋合いはございません。それに見たところ貴女は高貴なご身分とお見受けいたします」

 まるで清流のように澄み切ったトーンだ。
 思わず聞き入っていると、なんと彼は私に対して深々と頭を下げてきた。
 
「ご無礼を働き、申し訳なかった」

「ちょ、ちょっと! おやめください!!」

 私が慌てた声を出すと、彼はゆっくりと顔を上げた。
 
「では、お許しいただけますか?」

「あ、当たり前です! 私の方こそごめんなさい!」

「ふふ。貴女は面白い御方だ」

 面白い人……。
 そう思われたら恋愛対象には絶対にならないと、ミリアが言ってた気がする……。
 でもそんなこと、最初から考えていない。
 私はただこうしてジェイ様とお話しできただけで、天にも昇ってしまうくらいに嬉しいのだから。
 
「あ、ありがとうございます!」

 これで何度目だろう、と思っちゃうくらいに私は再び頭を下げた。
 ジェイ様は、そんなせわしない私に優しい瞳を向けてくれている。
 
(やっぱり想像通りに素晴らしい御方だわ! 明日、ミリアに自慢しなきゃ!)

 でも幸せはここで終わらなかった――。

「ところで貴女の名を聞かせてはくれないだろうか?」

 なんと名前を聞かれたのだ!

「え? な、名前? 私の?」

「ええ。嫌かい?」

 ぶんぶんと首を全力で横に振る。
 嫌なわけがない。
 私は渾身の力を腹に込めて答えた。
 
「リアーヌです! リアーヌ・ブルジェです!!」

 廊下中に響き渡るような大声に、近くで掃除をしていた女中たちがこっちを見ている。
 でもジェイ様はそんなことを気にする素振りは見せず、むしろ目を大きく見開いて私を見つめてきたのだ。

「貴女がリアーヌ殿でしたか……」

「え? 私の名前をご存知なのですか?」

「ええ。貴女の名はクローディア様からよくうかがっているよ」

「クローディア様から……」

(クローディア様とジェイ様の関係は何なの? それに私のことをどんな風に聞いているの?)

 次々と浮かぶ疑問……。
 頭の中がパニックになってしまい、言葉が出てこない。
 そうこうしているうちにジェイ様はニコッと笑いながら締めくくったのだった。
 
「今回のことのお詫びはいつかしっかりといたします。では、俺はここで失礼いたします」

「あ、はい」

 そう答えるのが精一杯……。
 なんて情けないのかしら……。
 一方のジェイ様は背筋をピンと伸ばして、颯爽と廊下を歩いていく。
 その背中をぽーっとしたまま見つめていた。
 
(ジェイ様が私の名を覚えてくれた……。しかもいつかお詫びをしてくれるって……)

 じわじわと喜びと興奮が沸き上がってくる。
 それらが腹から頭のてっぺんまで昇ってきたとたんに、私はピョンと跳ね上がった。
 
「あははっ! やったぁ! やっぱりあきらめなければ『希望』は『現実』に変わるんだわ!」

 嬉しさのあまり、何度も飛び跳ねる。
 そのたびに肩まで伸ばした髪と、長いスカートがふわりと浮いた。
 
「こらっ! リアーヌ! 廊下で何をやっとるか!!」

 遠くからパパの怒った声が響いてきた。
 でも今の私には通じそうにない。
 
「クローディア様にもお礼を言わなくちゃ!」

 とても幸せな気分にひたりながら、軽い足取りでクローディア様のお部屋を目指したのだった。

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