それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
………
……

 領主の館から黒い煙がもくもくと上がってきた。
 
(ジェイだ! 作戦が始まったんだわ!)

 廊下の絨毯や寝室には油がたっぷりまかれている。
 一度火の手があがれば木造の館はたちまち火の海に変わるだろう。
 酔いつぶれたリーム王国の兵たちはなすすべなく逃亡していくに違いない――。
 
 それがジェイの立てた作戦だった。
 今、煙が寝室の窓から上がってきたとすればジェイが敵中に一人でいるはず。
 
(お願い! 無事に館を抜け出して!)

 私は胸の前で手を合わせて天を仰いだ。
 天国にいるクローディア様に願いをかけるために……。
 
(クローディア様! ジェイを助けてください!)

 その願いは見事に叶った――。
 
「姉さん! ジェイだ!」

 ヘンリーが声を上げた。
 私は急いで視線を元に戻して、窓から外を見る。
 するとそこにリーム王国の兵を装ったジェイの姿が目に飛び込んできたのだ。
 
(ジェイ!!)

 初めて見た戦場での彼の姿。
 それはまさに彗星のように輝いていた。
 服を着ていても分かる躍動する筋肉。
 普段からは想像もつかないような鋭く吊り上がったまなじり。
 そして。

「今だ! 一斉に放てぇぇぇ!!」

 天を貫くような力強い声――。
 敵を震わせ、味方を勇気づける伝説の軍師。
 私はその姿に吸い込まれていった。
 
 一方の館の周辺からは、一斉に飛び出したヘイスターの男たちが手にした藁の束に火をつけて館の中へと投げ込んでいる。
 そして命からがら館から抜け出してきた敵兵たちにはマインラートさんをはじめとするヘイスターの兵たちが、ばったばったと切り伏せていた。
 ジェイもまた味方にまじって短剣を自在に操って、敵兵の中へ斬りこんでいく。
 まるで踊るように華麗な動きに、敵兵はまったくついていけないようだ。
 
「我が名はジェイ・ターナー!! この町を襲うならば、この『彗星の無双軍師』が再びお相手いたそう!」

 彼が名乗りを上げた瞬間に、敵兵の動きがピタリと止まる。
 それほどに『ジェイ・ターナー』という名は敵を震撼させるにじゅうぶんな衝撃だった。
 戦意を失った敵兵たちがほうぼうの体で逃げ出す。
 塔の中に身を潜めている私たちの誰もが味方の勝利を確信したに違いない。
 
 しかし……。
 
「こんなの納得いくかよ!!」

――バッ!!

 なんとヘンリーが2階の窓から飛び降りたのだ。
 
「ヘンリー!!」
 
 私の呼び声が重力にかなうはずもない。
 
――ダンッ!!

 ヘンリーは両足で地面に降り立った。
 そして高らかと声を響かせたのだった――。
 
「われこそはヘンリー・ブルジェ!! 町を襲う狼藉者たちめ! 我が正義の剣の錆《さび》にしてくる! うらああああっ!」

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