それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
◇◇

 ジェイ・ターナーは深手のせいで、生死の境をさまよっていた。
 もちろん意識などない。
 いわゆる夢の中で、彼はクローディアと再会を果たしていた。
 
 
――この姿で会うのは久しぶりね。


 艶やかな長い髪が、そよ風にさらさらと揺れている。
 どうやら小高い丘の上のようだ。
 微笑みを浮かべるクローディアが鉄製の椅子に腰かけ、優雅に紅茶を楽しんでいるのがジェイの目に入る。
 彼は吸い寄せられるようにクローディアのもとへ近寄ると、空いているもう一つの椅子に腰かけた。
 
 
――戻る気なの? 醜く汚い泥沼の中に。


 さらりと問いかけてきたクローディアに、ジェイは苦笑いを浮かべる。
 それを見た彼女は、目を細めた。
 
 
――ふふ。もしかして惚れちゃった? あの子に。


 ジェイは目を見開き、首を横に振る。
 

――ふふ。ごめんね、意地悪なことを言って。


 もう一度、首を横に振る。
 するとクローディアは悲しげな色を瞳にともして続けた。
 
 
――あなたが心配なの……。あなたの翼は純白だから。


 ジェイは初めて口を開いた。
 
 
――君を失ったあの日から、俺の全てに色はないさ。


 今度はクローディアが首を横に振る。
 
 
――いえ、あなたには誰にも負けない色がある。だから私はあなたに全てを捧げたの。

――さあ……。どうだかな……。

――もしあなたが醜い泥沼に戻ると決めたなら、約束してちょうだい。


 クローディアがジェイを優しく抱きしめる。
 ふわっとした柔らかな感触に包まれたジェイはそっと目を閉じた。
 クローディアは彼の耳元でささやいた。
 
 
――その大きな翼で、自由にはばたいて。泥の色には染まらずに……。そして見たこともない景色を見せてちょうだい。


 少しだけ離れ、顔を見合わせる。
 ジェイは穏やかに問いかけた。
 

――それはどんな景色なんだい?

――ふふ、それは私にも分かりっこないわ。だって見たことがないんだもの。

――ははは、そりゃそうだ。


 クローディアの口元に笑みが漏れる。
 それが眩しくて、ジェイは思わず目をそらしてしまった。
 でも、クローディアはそんな彼の仕草すら愛おしそうに見つめた。
 
 
――負けないで、ジェイ。私はここでずっと見守ってるから。

――まだ君のそばには来るなってことか?

――ふふ。そうね。それにあなたがそばにいるべき人は、私じゃないわ。

――それは誰だい?

――さあ……。誰かしら?


 いたずらっぽく笑って、クローディアは元の姿勢に戻った。
 ゆっくりと紅茶の入ったティーカップを口元に運ぶ。
 そして一息ついたところで、ジェイに笑顔を向けた。
 

――さようなら、ジェイ。これでお別れよ。


 嫌だ、なんて言わせてくれるはずもない、とジェイは分かっていた。
 それに彼はずっと前に彼女とお別れしたことを、はっきりと思い出したからだ。
 深く閉ざしていた心の扉が開くと、封印していたクローディアとの記憶が鮮やかによみがえっていく。

 はらはらと流れる涙が止まらない。
 しかし、ジェイは消えゆくクローディアを追いかけなかった。
 そのクローディアのオレンジ色の光に代わって浮かんできた純白の光だ。
 けがれも迷いもない空から降ってきたばかりの粉雪のような白。
 彼は一歩、また一歩とその光に近づいていく。

 彼は気づいていた。
 その光の正体はきっと――。
 
 
 
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