それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
………
……
ヘイスターを出て2日目の夕方。
私とジェイは帝都に入った。
数か月ぶりの帝都はとても賑やかで何も変わっていない。
でも広場の噴水や町を温かく照らすガス灯がとても新鮮に感じるのは、ヘイスターでの生活がすっかり馴染んできたからかしら。
叙勲式は明日。
今日は王宮にある客室に通されることになっている。
ジェイは隣の部屋で過ごすみたいだけど、叙勲の式には私だけが出席するとのことだ。
その間に何もなければいいけど……。
そんな不安を抱きつつも、旅の疲れのせいか、ベッドに入ったとたんに深い眠りについたのだった。
………
……
翌日の正午過ぎ。王宮の謁見の間で私の叙勲式が始まった。
まるで宮廷舞踏会が開かれるホールのように大きな部屋に、深紅の絨毯が一直線に敷かれている。
両脇には背の高い近衛兵たちが、石像のように微動だにせずに並んでおり、一番先には絢爛豪華な椅子が見える。
そこに座っているのは本来ならばアルフレド・ヴァイス皇帝陛下のはずだけど、今は空いたままだ。
そして体調を崩している彼に代わって、ヴィクトール・ヴァイス第一皇子が椅子の右横に直立していた。
この日の私は白を基調にピンクのリボンやバラがあしらわれたドレスに身を包んでいる。
――せっかくの式なんだから、うんと綺麗な格好で臨まなきゃダメよ!
と、久々に再会した親友のミリアが用意してくれたのだ。
私はそのドレスのスカートの両端をつまみながら、ヴィクトール殿下の前でひざまずいた。
ふっくらした体型でいかにも人が好さそうな殿下は、見た目どおりに優しい口調で言った。
「リアーヌ・ブルジェよ。こたびの勝利。まことにあっぱれであった」
「ありがとうございます。しかしこの勝利は、私を導いてくれたジェイ・ターナー殿、それに領民全員の協力がなければなしえませんでした。ついては彼らに大いなるご慈悲をたまわりたく存じます」
これは私の本心だ。
ぐっと眼光を強めてヴィクトール殿下を見つめる。
殿下は穏やかな笑みを崩さぬまま、背後に控えていた軍人に目配せした。
「ルーン将軍。では読み上げてくれ」
「はっ」
ルーン将軍と言えば、帝国軍の総司令官だ。
確かに胸に張られた勲章のバッチの数も、鋭い眼光も、他の軍人さんたちを圧倒するような雰囲気はあるけど……。
まさかそんな偉い人が私の叙勲式に出ていただなんて……。
彼は低い声で書状を読み上げた。
「今回の勝利の褒美として、以下をヘイスターの領民に施すとする。一つ、帝国に忠誠を誓えば町の外へ出ることを許可する。一つ、帝都から守備兵を送ったうえで、町の門や見張り塔を整備し防備を強化する。一つ、水道と暖房の設備を整え、領民たちの生活を豊かにする。以上」
ドクンと心臓が大きく脈打ち、体温が一気に上昇する。
私が願っていたことが全てかなった……。
でもその願いを知っているのは親しい人だけだったはず。
じゃあ、いったい誰が……。
(ジェイだ!)
それしか考えられない。
王宮についてから、彼は誰かを通じて私の願いを殿下の耳に入れてくれたんだわ!
でも、今の褒美の中には肝心なことが一つ含まれていなかった。
そこで私は思い切ってお願いしてみることにした。
「恐れ入りますが、ジェイ・ターナー殿に対しても何か褒美をいただけませんでしょうか? 彼がおらねば町は火の海にされ、今頃は敵国の手に渡っていたでしょう」
「こら! リアーヌ殿! ですぎた真似をするでない!」
「まあ、いいではないか。よし、ではこうしよう。ジェイ・ターナーについてはあらゆる罪を解き、自由の身とする。これより先、彼に何らかの罪を着せようとしたり、危害を加えようとする者が現れれば、このヴィクトール・ヴァイスの名において罰するとしよう」
私は式のことなどすっかり忘れて、思わずぴょんと飛び跳ねてしまった。
「やったぁ! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「リアーヌ殿。殿下の御前ですぞ」
ルーン将軍にちくりと釘を差された私は小さく頭を下げて姿勢を正す。
それを見た殿下はニコリと笑いかけてくれた。
「はは。よい、よい。暗い報せが続く中で、貴女のように明るい存在は非常に心強い。これからも帝国のために尽くしてくれよ」
「はい!」
こうして叙勲式は無事に終わった。
謁見の間を出た私に声をかけてきたのは、先ほどまでヴィクトール殿下の背後にいたルーン将軍だった。
「リアーヌ殿」
「は、はい」
ついさっきまでとは違って、すごく穏やかな口調だ。
緊張して固くなってしまった私に、彼は小さく頭を下げてきた。
「ジェイの赦免のことを、ヴィクトール殿下に申し出てくれて、まことにありがたかった」
「え?」
意外な言葉にますます表情が固まる。
ルーン将軍ははにかんだ笑顔で続けた。
「彼は私にとっては息子のようなものでね。彼が入隊してから、ずっと目にかけていたのだよ。しかし彼があんなことになってしまって……。私は無力な自分を責めていたんだ。もし私が口出ししようものなら、私も同じ目に合わされるだろう。そうなればこの帝国を意のままにしたい者たちの思い通りになってしまう」
「はい……」
「私もヴィクトール殿下には何度か彼の赦免を進言したんだがね。殿下は殿下でお立場がある。何かきっかけでもない限りは彼の赦免を認めるわけにはいかなかった。そこであの勝利だ。そしてリアーヌ殿が進言してくださった。まさに渡りに船だったというわけだよ」
ヘイスターの勝利が利用されたようで、なんだか複雑な気分だ。
でもいずれにしてもジェイが赦免されたことには変わりはない。
気を取り直した私はルーン将軍に頭を下げてその場を立ち去ろうとした。
すると将軍は私の背中に声をかけた。
「ジェイはクローディア様のお墓に手を合わせているだろう。行って報せてあげて欲しい」
気づけば外は雪が降り始めている。
私はファーつきの外套を羽織って、クローディア様のお墓に向かった。
何はともあれ、結果的にはすべてがうまくいったのだ。
自然と足が速くなっていく。
(クローディア様! 私、すごく嬉しいです!)
うっすら降り積もった雪を踏むたびに、ざっざと音がする。
ジェイとヘイスターの領民たちを祝福する拍手のみたいで、私の心を躍らせたのだった。
……
ヘイスターを出て2日目の夕方。
私とジェイは帝都に入った。
数か月ぶりの帝都はとても賑やかで何も変わっていない。
でも広場の噴水や町を温かく照らすガス灯がとても新鮮に感じるのは、ヘイスターでの生活がすっかり馴染んできたからかしら。
叙勲式は明日。
今日は王宮にある客室に通されることになっている。
ジェイは隣の部屋で過ごすみたいだけど、叙勲の式には私だけが出席するとのことだ。
その間に何もなければいいけど……。
そんな不安を抱きつつも、旅の疲れのせいか、ベッドに入ったとたんに深い眠りについたのだった。
………
……
翌日の正午過ぎ。王宮の謁見の間で私の叙勲式が始まった。
まるで宮廷舞踏会が開かれるホールのように大きな部屋に、深紅の絨毯が一直線に敷かれている。
両脇には背の高い近衛兵たちが、石像のように微動だにせずに並んでおり、一番先には絢爛豪華な椅子が見える。
そこに座っているのは本来ならばアルフレド・ヴァイス皇帝陛下のはずだけど、今は空いたままだ。
そして体調を崩している彼に代わって、ヴィクトール・ヴァイス第一皇子が椅子の右横に直立していた。
この日の私は白を基調にピンクのリボンやバラがあしらわれたドレスに身を包んでいる。
――せっかくの式なんだから、うんと綺麗な格好で臨まなきゃダメよ!
と、久々に再会した親友のミリアが用意してくれたのだ。
私はそのドレスのスカートの両端をつまみながら、ヴィクトール殿下の前でひざまずいた。
ふっくらした体型でいかにも人が好さそうな殿下は、見た目どおりに優しい口調で言った。
「リアーヌ・ブルジェよ。こたびの勝利。まことにあっぱれであった」
「ありがとうございます。しかしこの勝利は、私を導いてくれたジェイ・ターナー殿、それに領民全員の協力がなければなしえませんでした。ついては彼らに大いなるご慈悲をたまわりたく存じます」
これは私の本心だ。
ぐっと眼光を強めてヴィクトール殿下を見つめる。
殿下は穏やかな笑みを崩さぬまま、背後に控えていた軍人に目配せした。
「ルーン将軍。では読み上げてくれ」
「はっ」
ルーン将軍と言えば、帝国軍の総司令官だ。
確かに胸に張られた勲章のバッチの数も、鋭い眼光も、他の軍人さんたちを圧倒するような雰囲気はあるけど……。
まさかそんな偉い人が私の叙勲式に出ていただなんて……。
彼は低い声で書状を読み上げた。
「今回の勝利の褒美として、以下をヘイスターの領民に施すとする。一つ、帝国に忠誠を誓えば町の外へ出ることを許可する。一つ、帝都から守備兵を送ったうえで、町の門や見張り塔を整備し防備を強化する。一つ、水道と暖房の設備を整え、領民たちの生活を豊かにする。以上」
ドクンと心臓が大きく脈打ち、体温が一気に上昇する。
私が願っていたことが全てかなった……。
でもその願いを知っているのは親しい人だけだったはず。
じゃあ、いったい誰が……。
(ジェイだ!)
それしか考えられない。
王宮についてから、彼は誰かを通じて私の願いを殿下の耳に入れてくれたんだわ!
でも、今の褒美の中には肝心なことが一つ含まれていなかった。
そこで私は思い切ってお願いしてみることにした。
「恐れ入りますが、ジェイ・ターナー殿に対しても何か褒美をいただけませんでしょうか? 彼がおらねば町は火の海にされ、今頃は敵国の手に渡っていたでしょう」
「こら! リアーヌ殿! ですぎた真似をするでない!」
「まあ、いいではないか。よし、ではこうしよう。ジェイ・ターナーについてはあらゆる罪を解き、自由の身とする。これより先、彼に何らかの罪を着せようとしたり、危害を加えようとする者が現れれば、このヴィクトール・ヴァイスの名において罰するとしよう」
私は式のことなどすっかり忘れて、思わずぴょんと飛び跳ねてしまった。
「やったぁ! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「リアーヌ殿。殿下の御前ですぞ」
ルーン将軍にちくりと釘を差された私は小さく頭を下げて姿勢を正す。
それを見た殿下はニコリと笑いかけてくれた。
「はは。よい、よい。暗い報せが続く中で、貴女のように明るい存在は非常に心強い。これからも帝国のために尽くしてくれよ」
「はい!」
こうして叙勲式は無事に終わった。
謁見の間を出た私に声をかけてきたのは、先ほどまでヴィクトール殿下の背後にいたルーン将軍だった。
「リアーヌ殿」
「は、はい」
ついさっきまでとは違って、すごく穏やかな口調だ。
緊張して固くなってしまった私に、彼は小さく頭を下げてきた。
「ジェイの赦免のことを、ヴィクトール殿下に申し出てくれて、まことにありがたかった」
「え?」
意外な言葉にますます表情が固まる。
ルーン将軍ははにかんだ笑顔で続けた。
「彼は私にとっては息子のようなものでね。彼が入隊してから、ずっと目にかけていたのだよ。しかし彼があんなことになってしまって……。私は無力な自分を責めていたんだ。もし私が口出ししようものなら、私も同じ目に合わされるだろう。そうなればこの帝国を意のままにしたい者たちの思い通りになってしまう」
「はい……」
「私もヴィクトール殿下には何度か彼の赦免を進言したんだがね。殿下は殿下でお立場がある。何かきっかけでもない限りは彼の赦免を認めるわけにはいかなかった。そこであの勝利だ。そしてリアーヌ殿が進言してくださった。まさに渡りに船だったというわけだよ」
ヘイスターの勝利が利用されたようで、なんだか複雑な気分だ。
でもいずれにしてもジェイが赦免されたことには変わりはない。
気を取り直した私はルーン将軍に頭を下げてその場を立ち去ろうとした。
すると将軍は私の背中に声をかけた。
「ジェイはクローディア様のお墓に手を合わせているだろう。行って報せてあげて欲しい」
気づけば外は雪が降り始めている。
私はファーつきの外套を羽織って、クローディア様のお墓に向かった。
何はともあれ、結果的にはすべてがうまくいったのだ。
自然と足が速くなっていく。
(クローディア様! 私、すごく嬉しいです!)
うっすら降り積もった雪を踏むたびに、ざっざと音がする。
ジェイとヘイスターの領民たちを祝福する拍手のみたいで、私の心を躍らせたのだった。