それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
………
……
広大な墓地の中を歩いていくと、ひときわ目を引く美しい彫刻がほどこされた墓石が目に入ってきた。
その手前にはすっかり見慣れたジェイの背中がある。
しんしんと雪が降り続ける中、肩がうっすらと白くなっているにも関わらず、ジェイは一心不乱に墓前に手を合わせている。
その姿は胸を締めつけるような哀愁がただよっていて、私は声をかけるのをためらってしまった。
そこで私は墓石に刻まれた文字を読み上げた。
「クロ―ディア・ヴァイス、愛する家族に見守られ、ここに眠る……」
振り返ったジェイの顔色が悲哀から慈愛へと変わっていく。
その心遣いが優しくて、涙腺が刺激されそうになった。
私は泣きそうになる顔を見られたくなくて、クローディア様の墓の前で目を閉じて手を合わせる。
まぶたの裏にほのかな光を感じたのは、きっとクローディア様が私に微笑みかけてくれたからだと思う。
徐々に気持ちが落ち着いてきたところで、私はジェイと向き合った。
「ルーン将軍とおっしゃる方が、ジェイはここにいるだろうって教えてくれたから……」
「そうかい。全部終わったのかい?」
「うん。ジェイの赦免も決まったわ」
ジェイが目を丸くしたのは、きっと自分の赦免が想定外だったからだろう。
「そうか。ありがとな」
「礼を言うのはこっちの方。全部手回ししてくれていたんでしょう? 領民たちへの褒美のこと」
ジェイは答える代わりに首をすくめた。
「本当に良かったな」
どうやら私の問いには答えるつもりはないらしい。
それも彼らしくて、なんだか嬉しくなる。
自然と笑みがこぼれた。
「これも全てジェイのおかげよ。ありがとう」
「よしてくれ。町を救ったのは、ヘイスターの人々が頑張ったおかげさ。俺はそれを少しだけ後押ししただけだ」
「ふふ、謙虚なのね。それとも愛しきクロ―ディア様の前だから、かっこつけてるのかしら?」
「なに!? 誰からそれを!?」
「さあ……。誰かしらねぇ。ふふふ」
ジェイとクローディア様の仲については、王宮で暮していた人々ならみんな知っていたのだけど、ジェイは気づいていなかったらしい。
場の空気が穏やかになったところで、私はもう一度クローディア様のお墓に手を合わせた。
「クロ―ディア様。どうかヘイスターの町をお守りください」
ジェイも私にならって手を合わせた。
静かな時が、ゆっくりと流れる。
しんしんと降る雪の音だけが、聞こえていた。
……と、その時だった。
――ザッ……。ザッ……。
こちらへ近づいてくる雪を踏む音に振り返ったジェイの顔から血の気が引いた。
私も急いで足音の持ち主に目を向ける。
長い黒髪の若い女性がゆっくりと近づいてくるのが分かった。
歳は私と同じくらい。
少しだけ吊り上がった二重の大きな目。右下には小さな泣きぼくろ。小さな鼻とふっくらした唇。
純白な軍服の上からでも分かる大きな胸にすらりと伸びる長い脚……。
いつまで経っても子どもっぽいと揶揄される私に比べれば、『大人の女性』と言い表すのがぴったりな美女だ。
(誰だろうこの人……)
不思議に思っているうちに彼女の方から声をかけてきた。
「久しぶりね。ジェイ」
研ぎ澄まされた刃のような声だ。
でも敵意は感じない。むしろ強い親しみが込められているように思えてならない。
言葉を失っているジェイに代わって、私は努めて明るい声で名乗った。
「はじめまして。ヘイスターの領主、リアーヌ・ブルジェと申します」
「ふふ、ジェイの新しい相手が、こんな礼もわきまえぬ小娘とはね。とても残念だわ」
「え……?」
パンを頬を張られたような衝撃に、思わず目が大きく見開く。
するとジェイが私の前に立って口を開いた。
「すまんな、アンナ・トイ少将。リアーヌ公はまだ若くてな。王宮の作法には慣れてねえのさ。許してくれ」
「トイ……。まさかトイ侯爵のご息女様!?」
私は慌ててアンナに頭を下げた。
家格の上ではトイ家はブルジェ家よりも上だからだ。
「ここでは気安く声をかける前に、相手の身分を確かめることね」
「申し訳ございませんでした!」
トゲのある言葉だけど悪意は感じないから不思議だ。
ジェイが自分に注意を向けるようにアンナに問いかけた。
「ところで、軍の参謀長様が、わざわざ自らの足でここまで来たんだ。俺に何か用事があるのではないか?」
「ふふ、女を見る目は鈍ったようだけど、察しがよいのは相変わらずね」
「まあ、いいから。用件を言ってくれ」
テンポの良い会話だ。
この二人がかつて上司と部下の間柄であったこともうなずける。
でもちょっぴり羨ましい。
そんなことを考えているうちに、アンナの顔が険しくなっていった。
そして彼女は声の調子を落として続けたのだった。
「ジュスティーノ殿下がお呼びよ」
同時に浮かんできたのは、ジェイから聞かされた言葉……。
――自身の不遇を嘆くジュスティーノ殿下が、俺のことを呪詛しているらしい。つまり彼は『自分を罠にはめたのは、ジェイ・ターナーである』と思い込んでいるわけだ。
ジェイの身が危ない……。
私は瞬時にそう直感した。
……
広大な墓地の中を歩いていくと、ひときわ目を引く美しい彫刻がほどこされた墓石が目に入ってきた。
その手前にはすっかり見慣れたジェイの背中がある。
しんしんと雪が降り続ける中、肩がうっすらと白くなっているにも関わらず、ジェイは一心不乱に墓前に手を合わせている。
その姿は胸を締めつけるような哀愁がただよっていて、私は声をかけるのをためらってしまった。
そこで私は墓石に刻まれた文字を読み上げた。
「クロ―ディア・ヴァイス、愛する家族に見守られ、ここに眠る……」
振り返ったジェイの顔色が悲哀から慈愛へと変わっていく。
その心遣いが優しくて、涙腺が刺激されそうになった。
私は泣きそうになる顔を見られたくなくて、クローディア様の墓の前で目を閉じて手を合わせる。
まぶたの裏にほのかな光を感じたのは、きっとクローディア様が私に微笑みかけてくれたからだと思う。
徐々に気持ちが落ち着いてきたところで、私はジェイと向き合った。
「ルーン将軍とおっしゃる方が、ジェイはここにいるだろうって教えてくれたから……」
「そうかい。全部終わったのかい?」
「うん。ジェイの赦免も決まったわ」
ジェイが目を丸くしたのは、きっと自分の赦免が想定外だったからだろう。
「そうか。ありがとな」
「礼を言うのはこっちの方。全部手回ししてくれていたんでしょう? 領民たちへの褒美のこと」
ジェイは答える代わりに首をすくめた。
「本当に良かったな」
どうやら私の問いには答えるつもりはないらしい。
それも彼らしくて、なんだか嬉しくなる。
自然と笑みがこぼれた。
「これも全てジェイのおかげよ。ありがとう」
「よしてくれ。町を救ったのは、ヘイスターの人々が頑張ったおかげさ。俺はそれを少しだけ後押ししただけだ」
「ふふ、謙虚なのね。それとも愛しきクロ―ディア様の前だから、かっこつけてるのかしら?」
「なに!? 誰からそれを!?」
「さあ……。誰かしらねぇ。ふふふ」
ジェイとクローディア様の仲については、王宮で暮していた人々ならみんな知っていたのだけど、ジェイは気づいていなかったらしい。
場の空気が穏やかになったところで、私はもう一度クローディア様のお墓に手を合わせた。
「クロ―ディア様。どうかヘイスターの町をお守りください」
ジェイも私にならって手を合わせた。
静かな時が、ゆっくりと流れる。
しんしんと降る雪の音だけが、聞こえていた。
……と、その時だった。
――ザッ……。ザッ……。
こちらへ近づいてくる雪を踏む音に振り返ったジェイの顔から血の気が引いた。
私も急いで足音の持ち主に目を向ける。
長い黒髪の若い女性がゆっくりと近づいてくるのが分かった。
歳は私と同じくらい。
少しだけ吊り上がった二重の大きな目。右下には小さな泣きぼくろ。小さな鼻とふっくらした唇。
純白な軍服の上からでも分かる大きな胸にすらりと伸びる長い脚……。
いつまで経っても子どもっぽいと揶揄される私に比べれば、『大人の女性』と言い表すのがぴったりな美女だ。
(誰だろうこの人……)
不思議に思っているうちに彼女の方から声をかけてきた。
「久しぶりね。ジェイ」
研ぎ澄まされた刃のような声だ。
でも敵意は感じない。むしろ強い親しみが込められているように思えてならない。
言葉を失っているジェイに代わって、私は努めて明るい声で名乗った。
「はじめまして。ヘイスターの領主、リアーヌ・ブルジェと申します」
「ふふ、ジェイの新しい相手が、こんな礼もわきまえぬ小娘とはね。とても残念だわ」
「え……?」
パンを頬を張られたような衝撃に、思わず目が大きく見開く。
するとジェイが私の前に立って口を開いた。
「すまんな、アンナ・トイ少将。リアーヌ公はまだ若くてな。王宮の作法には慣れてねえのさ。許してくれ」
「トイ……。まさかトイ侯爵のご息女様!?」
私は慌ててアンナに頭を下げた。
家格の上ではトイ家はブルジェ家よりも上だからだ。
「ここでは気安く声をかける前に、相手の身分を確かめることね」
「申し訳ございませんでした!」
トゲのある言葉だけど悪意は感じないから不思議だ。
ジェイが自分に注意を向けるようにアンナに問いかけた。
「ところで、軍の参謀長様が、わざわざ自らの足でここまで来たんだ。俺に何か用事があるのではないか?」
「ふふ、女を見る目は鈍ったようだけど、察しがよいのは相変わらずね」
「まあ、いいから。用件を言ってくれ」
テンポの良い会話だ。
この二人がかつて上司と部下の間柄であったこともうなずける。
でもちょっぴり羨ましい。
そんなことを考えているうちに、アンナの顔が険しくなっていった。
そして彼女は声の調子を落として続けたのだった。
「ジュスティーノ殿下がお呼びよ」
同時に浮かんできたのは、ジェイから聞かされた言葉……。
――自身の不遇を嘆くジュスティーノ殿下が、俺のことを呪詛しているらしい。つまり彼は『自分を罠にはめたのは、ジェイ・ターナーである』と思い込んでいるわけだ。
ジェイの身が危ない……。
私は瞬時にそう直感した。