それなら私が女王になります! ~辺境に飛ばされた貴族令嬢は3回のキスで奇跡を起こす~
「んっ!?」

 初めて目にしたキスシーンに思わず声が出そうになったのを、必死に両手でおさえる。
 一方の二人は目を閉じて、互いの手を絡め合っていた。
 いつも目にするクローディア様の凛としたたたずまいが、まるで溶けてしまいそうなくらいにうっとりしている。
 ジェイ様は神々しく、まるで唇を通じてクローディア様に愛を注いでいるようだ。
 
(すごい……)

 月並みだけどそんな感想しか生じない。
 胸が激しく脈打ち、大きな音を立てている。
 少し離れたところにいる二人に音が届かないか不安になってしまうほどだ。
 そうしてしばらくしたところで、どちらからともなく二人はゆっくりと離れた。
 
「これで奇跡が起こるといいのだけど」

 クローディア様が悲しく笑う。
 ジェイ様はさらりと返した。
 
「君の方だろう? あきらめなければ『希望』は『現実』に変わるって言ってたのは」

 沈みかけた空気が再び軽くなった。
 
「ふふ。そうね」

 そしてジェイ様は突き抜けるような青い空を指さして一つ提案したのだった。

「元気になったら二人で草原に行こう」

「草原? 何をしに?」

「何もしない、をしにいこう」

「ふふ。何それ? 変なの」

「ただ二人で仰向けになって空を見る。そして大空を翔ける鳥に想いを乗せるんだ」

「素敵だわ。楽しみにしてる」

 私はそこまででそっとその場を後にした。
 まだ胸はドキドキしているけど、だいぶ落ち着いてきた。
 同時にぎゅっと締め付けられる感覚に襲われる。

(とてもお似合いな二人。クローディア様もお幸せそうだった。なのになぜ……?)

 理由は分からない。
 理由は分からないけど、涙がとめどなく流れて止まらないなってしまったのだ。
 同時に胸が張り裂けそうだ。
 私は何も考えられず自分の屋敷へ急いだ。
 
「こらっ! リアーヌ! あれほど廊下を……。リアーヌ?」

 パパの心配そうな声にも反応せず、
 
「姉さん!? どうしたんだよ!?」

 ヘンリーの驚く声も通り過ぎ、
 
「あら? リアーヌ。どうしたの? 真っ赤に目を腫らして、かわいそうに……」

 ママの同情する問いかけにも答えずに、私は部屋に飛び込んだ。
 その日の夜は誰とも話さず、何も口にしなかった。
 そしてベッドの中で布団にくるまって必死に涙の意味を考えたのだ。
 確かに私はジェイ様に憧れているし、恋心に近いものを感じているかもしれない。
 でも彼に恋人がいたと知ったところで、何も考えられないほどに悲しい気持ちになるだろうか。
 
(ううん。違う)
 
 私は恋に溺れてしまう人間ではないと自覚している。
 
(だったらなぜ?)
 
 すると脳裏に浮かんだのはクローディア様のたたずまいだった。
 気品があって、光を当てたガラス細工のようにまぶしいその姿……。

(でも、すごく細かったわ……)

 まるでちょっとでも押したら折れてしまいそうな脆さが感じられた。
 そしてクローディア様の口から出た「奇跡」という言葉。
 それらから導き出された一つの結論――。
 
 
(クローディア様はもう長くないのかもしれない……)


 心の中が灰色した不安の雲でおおわれていく。
 私は必死に振り払おうと首を横に振った。
 
(ダメ! そんなことを考えたらダメ!)

 でもどんなに振り払おうとしても、クローディア様の悲哀に満ちた笑みは消えなかった。
 
 そして……。
 
 私の予感は悲しい現実へと変わってしまった。
 この年の冬。
 クローディア様は永遠の眠りについたのだった――。
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