アイスクリームと雪景色
まったく覚えがない。美帆は、父親に旅行をねだる自分を想像しかねた。

「あんたが駄々をこねるなんて珍しいから、お父さんが困ってね。私には、そんな姿がちょっと面白かったわ。どうするのかなあって放っておいたら、次の日、突然旅行に出かけようって言い出して」

「お父さんが?」

母親は頷き、いかにも美味しそうにコーヒーを飲んだ。

「あの人らしくもない素早さで、冬休みに入ってすぐの週末にホテルを予約して、切符も買って。旅費も自分で準備したのよ。これは美帆へのプレゼントだから俺が出すって、胸を張ってねえ」

「……知らなかった」

「私もすっかり忘れてたわ。今の今まで思い出すこともなかった」

母と二人、コーヒーカップを手に、窓の雪を眺める。

急に老いて見えた病室の父。母も、同情心が湧いたのかもしれない。

「理想の結婚生活とはいかなかったけど、最近はもう、いろんなことが懐かしい。あれはあれで楽しかったなあとか思ったりして」

「そうなの?」

「お父さんのルーズさには参ったけど、そのおかげで助かることもあるし。家事を手抜きしても怒らないでしょ。と言うより、あの人はちっとも怒らない人だからねえ」
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