彼女を10日でオトします
「なんだ? たすく、響ちゃんがどうした?」

 貴兄ののほほんとした声が通り過ぎる。

 戸部たすくは、開けっ放しの冷蔵庫の扉に左手をかけたまま、真顔で私を凝視する。

 『蛇に睨まれた蛙』

 そんな文字が頭の中で点滅していた。

 文字通り、私は、ピクリとも動けなかった。

 動いてしまえば、私の中で押し殺していた貴兄への気持ちが、一気に戸部たすくの中に流れ込んで行ってしまう。漠然とそんな風に感じた。

 また一筋、冷たい汗が背中を滑り落ちていった。

「よー! 真田せんせっ! 邪魔するぜぇ」

 後ろから、カラっとした声。

「ヒデちゃぁん、遅いじゃないのよ」

 テレビのチャンネルを変えたみたいに戸部たすくの顔が、ぱっと、ヘラヘラに変った。

 そのままの顔で冷蔵庫の中から、白いポリ袋を取り出すと、その扉を片手でバチンと閉める。

 そして、固まったままの私に視線を落すことなく、脇を通り過ぎた。


 視界に戸部たすくがいなくなった途端、息苦しさを覚えて大きく息を吐き出した。

 はあああ。

 いつから息、止めてたのかしら。

 肺いっぱいに新鮮な空気を取り入れる。随分、久しぶりな気がした。

「キョンちゃん、なに突っ立ってるの?」

 後ろから肩を叩かれた。琴実さん。

「いいえ、なんでもないわ」

 ゆっくりと振り向けば、琴実さんと……だれ?

 
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