彼女を10日でオトします
 だからと言って――

「自分の存在がわからなくなったんだ」

 頭で考えるより先に口が動いていた。
 口が動いているだけじゃなく、声まで乗せられていた。

 自分の声が身体の内側に響く。俺が本音を言っていることを、知った。

「そう」

 キョンの口からこぼれた言葉は、それだけだった。

 でも、今の俺には、それでじゅうぶんだった。いや、じゅうにぶん。

 真っ直ぐ向けられた視線に、どこか懐かしさを覚えたから。俺の答えをまるまる肯定してくれているような気がしたから。

「頑張る理由を失って、生きる意味を考えた。
それから、新しく目標を立てて、色んな人を巻き込んで、傷つけて。
目標を達成させたら……」

 声があふれ出る。頭は使ってないのに、言葉が次々と発せられる。

「俺、わからなくなってたんだ」

 喋っているのは俺なのに、俺じゃない気がする。
 床にスニーカーの底をしっかりと押し付けているはずなのに、宙に浮いている気がする。

 頭は冷静なのに、心は、カッカと燃えていた。

 落ちる静寂。

 お互い視線を絡めたまま、俺は、なぜか、キョンのまばたきの回数を数えていた。

 キョンの瞼が落ちた、5回目のとき、キョンは小さく息を吐いた。

「羨ましいわ」

 桃色の小さな唇から落ちた言葉は、床の上にぽとりと転がった。
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