彼女を10日でオトします
 振り向けば、笑顔のサトミさん。
 レジスターにて、カプチーノ一杯分のお会計。

「たすく」

 俺の隣に立ったサトミさんは、バッグの中から真っ赤なレザーのカードケースを取りだした。その中から、さっと1枚紙切れをスライドさせた。

 そして、レジの脇に置いてある、イルカのマスコットがついたボールペンでその紙にサラサラと。

「これ。また仕事始めたら、ここに電話して頂戴」

 名刺ね。サトミさんは、手書きの数字を指差す。ベージュのネイルがいやらしいの。
 その手書き文字、数字の配列からすると、携帯電話の番号みたい。

「そのつもりはありませんから」

 俺は、手のひらでその名刺を押し返した。

「そう。残念だわ」

 サトミさんは、含みのある笑みを浮かべると、そっとバッグの中に名刺をしまった。

「ふふ、またね、たすく」

 扉のベルを大きくならして、太陽が高く昇った商店街の中に消えた。
 ジャズが流れる明るい店内に、えげつない香水の残り香が居心地悪そうに漂っていた。

 手のひらで押し返す前に盗み見た名刺を脳裏に浮かべる。

 『ビューティサロン・サトミ』代表取締役・真鍋里美、ねえ。
 胡散臭いことこの上ないわな。

 真鍋、真鍋……。
 親父とパーティーで会ったってことは、真鍋敏郎夫人ってことか。

 銀座のホステスが大出世ってわけね。
 オチたな。真鍋氏。サトミさんが奥さんじゃあ、内助の功も期待できないだろうし。

 親父なんてウハウハなんじゃないの。あの真鍋がいなくなりゃあ、やりやすくなるのは目に見えてるし……案外親父の差し金だったりして、ね。

 俺には関係のないことだけど。
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