彼女を10日でオトします
「離れて頂けませんか?」

 顔の筋肉がひくつく。

 なにが「まったあ?」よ。ええ、待ったわよ。このくそ寒い中、足がすーすーするのを我慢しながら待ーちーまーしーた。

「んー、あと1時間だけえ」

 数字の選択がおかしいっ! 凍え死ぬ!

「たすくさん、ちょっと体をずらしてヒジをおもいっきり後ろに突き出してもいいかしら。すごく面白いことになると思うのよ」

「ひえぇ。キョンちゃん、怖いこと言うねえ」

 抑揚のない声の主は、まったく離れる気配がない。さらに力が増している気さえする。

「こんな公衆の面前で。たすくさんには、モラルってものがないの?」

 戸部たすくは、うーん、と短く唸ってから、
「逃げない?」
こびるような、それでいて寂しさを滲ませた声で呟いた。

 毎度毎度、どこからそんな声が出てくるのか。

 もちろん逃げたい。でも、そんなこと言ったら、こいつは「じゃあ離れない」なんて言うに違いない。

 ずるい男。

「……逃げないわよ」

 腕が離れ、その代わりに肩を掴まれたと思ったら、くるりと体を180°回転させられた。

 視界に入ったのは、満面の笑みの戸部たすく。

「キョーン」

 何よ、そんなに楽しそうな声で。

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