彼女を10日でオトします
 心臓が波打つ。

 指先がじんじんする。

 びっくりするくらいどくどくいってる心臓から勢いよく送られた血液に、指先の毛細血管は破裂させられてしまいそう。

「ねえ、キョン。
ほんとに何も思わないの……?」

 ここまで声を震わせるほど、たすくさんは何に怯えているの?

「しつこいわよ。
それに、たすくさん、自分で言ってたじゃない。『俺は俺』、なんでしょ?」

 たすくさんの体が小さく上下した。私の耳元で短く強く息を吸い込むのがわかる。

 静寂が落ちて、聞こえるのはたすくさんの息遣いのみ。
 きっとたすくさんの耳にも私の呼吸する微かな音しか聞こえていないんじゃないか。

 そう思うと、気恥ずかしいような、ほっとするような、不思議な気持ちになる。

 私が知りえない意志なのか、それとも深層心理みたいなものが働いたのか、気づけば私の腕はたすくさんの背中に向かっていた。

「キョンは俺を変な気持ちにさせる」

 口で言って確認してみた、みたいな抑揚がないのにはっきりした口調で呟いた。

 その声にはっとなって、たすくさんの衣服に触れる直前に手を引っ込めた。

「ふふ」

 ふいに笑いが込み上げてきて、声を出してしまった。

「どうして笑うのよお。
俺の素直な気持ち受け止めて?」

 どうしてって。
 私も――。
 私もたすくさんと同じ気持ちだったから、とは言えない。言ってしまえば、白旗を振ったことになるんじゃないかって。よくわからないプライド。

「たすくさんのウィークポイントを見つけて嬉しいのよ」

 可愛くない女。ほとほと嫌になる。

「えー。俺、どっちかっていうと攻めたいタチなんだけどなあ。
あ、でもキョンにだったら、攻められてもいいかもお」

 たすくさんの、くつくつ笑う声が耳の奥を刺激する。

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